東京電力はなぜ、賠償金を「払い渋る」のか

突然の賠償金返還請求、膨大な資料要求も

それから約3カ月後の7月31日。従来より2カ月以上も遅れて、賠償金が渡部さんの会社の口座にようやく振り込まれた。金額は請求通りだった。

「書類を見て、これはOK、これはダメと判断したのならば理解もできるが、終わってみればすべてOK。いったい何のための作業だったのか」。渡部さんは拍子抜けした。

この間、渡部さんは背筋が寒くなる思いをした。東電の支払いの遅れが理由で地元の銀行や農協からつなぎの運転資金を借りざるをえず、納入業者には支払いの一部を待ってもらった。「資金繰りには本当に苦労した。種や苗を買えなくなりかけた」(渡部さん)。

つかみにくい原発事故被害の実態

いったいなぜ大量の資料の提出を求められたのか。原発事故で落ち込んだ売り上げを少しでも回復すべく、渡部さんは2018年4月に花卉や観葉植物の小売店舗をオープンした。「そうした営業努力をする姿が普通の農家に見えないということで、徹底した審査の対象にされたのかもしれない」(渡部さん)。

原発事故による被害の実態はつかみにくい。東電は事業者の被害について、消費者による「風評」を理由にすることが多い。風評はそもそも根拠に基づかないため、時間の経過とともに解消に向かうというのが東電の見立てだが、一度離れた顧客は二度と戻らず、被害の多くが固定化しているのが実態だ。

渡部さんは原発事故を機に、全国展開するホームセンターからの注文を失った。「事故以来、8年以上もたつが、取引は再開できていない」という。県内の花卉市場を通じた販売も、事故前の5分の1に激減したままだという。

前出の3つの誓いの中で東電は、「被害者に寄り添い、賠償を貫徹する」との方針を掲げている。しかし、原発事故の賠償問題に詳しい大阪市立大の除本理史教授は、「被害の継続性のとらえ方について、東電の認識には問題がある。被害の実態を踏まえずに賠償を打ち切ることは、誓いそのものに反している」と批判する。

東電広報室は、山田さんなどの事例に関する記者の質問に対して、「個別の請求内容に関わるので、回答を差し控える」としている。そのうえで、「3つの誓いで述べられたことが守られていない」との指摘があることについて、「真摯に受け止め、『3つの誓い』を遵守し、より一層、被害を受けられた方々に寄り添った賠償を進めていく」と答えている。その言葉に偽りはないのだろうか、総点検が必要だ。

関連記事
トピックボードAD
ビジネスの人気記事
  • 最新の週刊東洋経済
  • ブックス・レビュー
  • 就職四季報プラスワン
  • 映画界のキーパーソンに直撃
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
-

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

ログインしてコメントを書く(400文字以内)
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
電池開発でノーベル化学賞<br>吉野彰氏が示した「危機感」

受賞会見とともに、リチウムイオン電池の開発の歴史と当事者の労苦を振り返る。世界の先頭を走ってきた日本も、今後および次世代型の市場では優位性が脅かされつつある。吉野氏率いる全固体電池開発プロジェクトに巻き返しの期待がかかる。