嶋田はこの一件に背中を押され、手術も含めて今後の治療方針が決まった時点で、自分も娘に率直に伝えようと決意した。
なぜ「絵本」が必要だったのか
この経験は、嶋田が後に関わることになる絵本作りにも反映されている。
嶋田をはじめ、子どもを持つがん患者たちが集まる「キャンサーペアレンツ」の、有志メンバーが取り組んだえほんプロジェクト『ママのバレッタ』(生活の医療社、2018年刊)。抗がん剤治療で頭髪がなくなった母親の日常を、幼い娘がユーモアを交えて紹介する一冊だ。
ウィッグ(かつら)をつけた母親と娘が買い物中に、知人から母親の髪型を褒(ほ)められる場面がある。当初の試作版では、娘は満面の笑顔で描かれていた。ところが、嶋田が娘にそれを見せると、鋭い指摘を受けた。
「いくら子どもでも、この場面ならママのウィッグがバレないかと心配するはずで、満面の笑顔はおかしい。がんの親を持つ子どもの気持ちは、そんなに単純じゃない!」
嶋田がその意見を作者に伝え、女の子の笑顔は少し抑え目になった。
同時に、高等部進学後に部活動で忙しくなり、ゆっくりと話す時間もなかった娘の心のひだに、嶋田は少し触れた気がした。
「そのとき、私は気づいたんです。『家族でがんをタブー視せず、娘とも気軽に話すきっかけになる、そんな絵本が自分はずっと欲しかったんだ』って。そういう本がなかったからです」
深刻な病状を子どもたちに伝えられずに旅立ったあの母親を、嶋田は思い出した。
「こんなユーモア仕立ての本などがあれば、親子でがんについて、もっと気軽にコミュニケーションをとる、きっかけにはなったかもしれないなって。病名や病状を伝えるか伝えないかは、それぞれの親の判断に委ねるとしても、です」
2016年にがんと告知された嶋田は、2019年4月時点で、2つの新たな役割を担っていた。がん経験者として、訪問診療に週2日同行するアドバイザリースタッフ(2019年7月末時点でいったん休職中)。もう1つは、前出のえほんプロジェクト第2弾の責任者。後者は無給だ。
「以前は、どうしても元の自分に早く戻ろうと職場復帰を急いでしまい、その気持ちに体が追いつかずにいら立っていたこともありました。そんなときに元同僚の医師から、『がんの経験者として、がんの患者宅へ訪問する若い看護師に、できる範囲で助言と指導をしてほしい』と頼まれました」
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