村西とおる主役ドラマをNetflixが作る思惑 男性目線で描かれていない世界基準作品

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武監督の言葉からもそれを裏付けることができます。

ワケありの雰囲気を醸し出す『全裸監督』のビジュアルイメージ(写真:Netflix)

「男性だけの目線だけで作られる作品はもう通用しない。これまで100年以上にわたって、男性目線で作られるものが支配していたことも事実ですが、これからは世界基準で作品を作っていこうとしたらそれでは無理が生じる。もはや性でくくる作品作りは剣を刺すようなもの。子どもだろうが、大人だろうが、人間として描くことが求められます」

「女をなめるなよ、という思惑で作った」という安藤サクラ主演の『百円の恋』を代表作に持つ武監督らしい思いでもあるが、「世界190カ国に向けて作るNetflix作品はクリエイターの意識も変えてくれる。登場人物のような生き方や考え方をしたいと思ってもらえる仕事こそ、我々がするべき仕事です」と、そんな気づきにつながったことも明かしてくれました。

80年代の愚かな日本を世界にみせる意味

日本のドラマはシーズン1を終えたところで初めて、次作の行方を考え始めるのが常です。続くかどうかはどの国も変わらず人気次第ではありますが、欧米も中東もアジアも知る限りでは企画段階からシーズン2を見据えて作り始めます。

言わば、登場人物一人ひとりのキャラクター設定やストーリーの全体像や枝葉の分かれ方など、ゼロから生み出す必要があるクリエイティブな作業はシーズン2以降、回収されていくからです。日本発Netflixオリジナルシリーズの目玉として扱われている『全裸監督』もこうした世界基準に合わせて作られているそうです。

そして今回、1980年代を中心に、昭和の時代が終わったちょうど80代の最後の年である1989年までの話を描いています。新宿歌舞伎町の街並みを再現した巨大なセットも作られ、熱気さえも伝わり、日本の80年代を見つめ直すことができる作品でもあります。

ちょうどその頃、武監督はアダルトビデオ店でバイトをしていたと言います。

主役を務めた山田孝之(左)と、総監督の武正晴(写真:Netflix)

「1980年代は身を滅ぼした人がたくさんいた愚かな時代でもあります。ディスコで踊りまくり、札束でなんとかなるといった時代。そんな日本の未熟期を振り返ることで、今、これから先はどうしたらいいのかということも考えさせてくれるはず。

その当時を知る人は反省もするだろうし、若い人はもしかしたら憧れるかもしれない。でも、今、苦しい時代を迎えているのは、バカなことをやっていたから。今の若者たちがひどいことになっている背景を日本に限らず、どの国もここぞとばかりに描いています」(武監督)

全8話の中で「ビニ本」から「アダルトビデオ」へと需要が変わる描写も印象的。当時を知らない若年層も日本を知らない海外の視聴者も、日本の歴史の一端を知るきっかけになるでしょう。

6月25日に東京都内で開催された「Netflixオリジナル作品祭」に登壇した山田孝之は「これが日本ですと、台湾のメディアに伝えました。『全裸監督』に日本のすべてが詰まっていると。もう言ってしまったから、こういうのが日本だと思って生きていくしかありませんね。オリンピックが中止にならないといいのですが」と、冗談交じりに話していましたが、製作にも参加した山田自身も完成度の高さに自信がある様子でした。自分の目で確かめる価値はあります。

長谷川 朋子 コラムニスト

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はせがわ ともこ / Tomoko Hasegawa

メディア/テレビ業界ジャーナリスト。国内外のドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。最も得意とする分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約10年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威ある「ATP賞テレビグランプリ」の「総務大臣賞」の審査員や、業界セミナー講師、札幌市による行政支援プロジェクトのファシリテーターなども務める。著書は「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)。

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