「頑張ったらうまくいく」、とは書いてない所がユニークだ。必死で頑張ってもうまくいかないこともあるのが人生。それも認識したうえで、正直に自分と向き合っているのが相田みつを、なのだ。
癒すでも、慰めるでもない。それでも多くの人が、相田みつをのメッセージを見て少し落ち着くような気がするのは、「目を背けていた自分自身と向き合うきっかけになるからだ」と一人氏は言う。
相田みつをの作品はメッセージ(文字)のみ。そのメッセージは、全て本人が、弱さも含めた自分自身と何十年も向き合い、紡ぎ出したものだ。先の作品も、彼自身が幸せを感じられず、悩んだ時があるからこそ生まれた結晶といえる。そこには、解釈を読み手に委ね、自身の心と向き合わせる力が宿っている。
書体に隠された秘密
読む者に不思議な感覚を与える、もう一つの秘密は、独特の書体だろう。果たして、この文字はうまいのか、下手なのか。なぜこんな子供でも書けそうな書体を選ぶのか。
実はあまり知られていないが、相田みつをは、書のコンクールで日本一になったほど字がうまい。「日本一の腕」がありながら、そのスタイルを捨て、数十年をかけて、あえてこの独特の書体を追求した。
なぜか。その目的とは、「目線をそろえるため」だったというのだ。
相田みつをは、「上から強い口調で言うと、人の心にはカベができる。同じ目線で語りかけなければだめだ」とよく語っていた。キレイすぎる文字では、その美しい字に相手が身構えてしまい、内容が伝わらない。一見、こどもでも書けるのではと思われる文字だからこそ、人の心を緊張させない。
一方で、わざとらしさを感じさせてはいけない。「よく見ると工夫されているな、と思わせるようでは作品としては全く不十分だ」と、彼自身が語っている。ミュージアムを訪れた小学生は、「親に言われるとムカつくけど、みつをちゃんに言われるならそうだなぁと思う」という感想をよくもらすという。目線をそろえ、身構えさせないことで、どんな相手にでも伝えたい中身が伝わっていく。
「悩み抜いたうえで、研ぎ澄まされた本質をえぐるようなメッセージ」と、「目線をそろえ壁をつくらない書体」、このギャップこそが、人の心に染み入る秘密だったのだ。
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