上田さんは自らが退くにあたって、事業継承先を探した。
カリスマ的な創業者によって大きくなったお店は、後継者問題がとくに難しい。失敗例も多くある。そんな中で上田さんは従業員を育てて後を継がせるよりも、もしこのお店を継承してくれるところがあるならば譲ろうと考えた。
自分が無理して続けるよりは、きちんと継承してくれるところに任せて自分の味を進化させてもらったほうがいい、そう思ったのである。
手を挙げたのは朝霞の「中華蕎麦 瑞山」だった。上田さんは厨房に入り「瑞山」のスタッフにラーメン作りを教えながら、卒業までの数カ月を過ごした。
ラーメン職人という生き方
「私のラーメンが一生残ればいいとは思っていないんです。若手の店主は新しいラーメンをどんどん作っていますし、これから先も新しいおいしいラーメンというものは出てくると思います。
『麺家 うえだ』はその中の1ページを飾ったにすぎません。いざなくなったとしても困る人はいません。そういうものなんですよ。最終的に、この味をより洗練させてくれる職人がもし現れてくれたら、それはうれしく思います」(上田さん)
老舗の店主はわれわれ消費者が思っているほど自分の味を残すことに執着していない。あくまで店主が厨房に立ってきた時代に歴史の1ページを飾っただけ。そう考えると、後継者問題に本当に悩んでいるという店主はそう多くないのかもしれない。
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