「国際比較のワナ」は労働生産性だけでなく、最低賃金についても当てはまります。日本の最低賃金は先進国の中で、比較的低い部類に属しているといわれています。2018年の最低賃金をドル換算して比較すると、日本は7.7ドルであるのに対して、フランスは11.7ドル、イギリス・ドイツは10.4ドル、カナダは9.6ドルと高く、アメリカは7.3ドルと低い水準にあります。
海外では最低賃金の引き上げは、経済政策として活用される動きが広がっています。例えば、その先駆けとなったイギリスでは、1999年から2018年にかけて最低賃金を2倍以上に引き上げてきたといいます。その成果として、イギリスの生産性は大いに高まったと評価している識者もいるのですが、果たしてそれは本当でしょうか。さらに、イギリス国民の生活は以前と比べて豊かになったのでしょうか。
実のところ、イギリスの生産性は過去20年にわたって、先進7カ国の中で下位が定位置になっています。それに加えて、ロンドンを除いた多くの地方では、製造業の労働者を中心に国民生活が悪化の一途をたどってきました。その挙句の果てにポピュリズムが蔓延し、国民投票でEU(欧州連合)を離脱するという愚かな選択をするに至ったわけです。
いずれの国の人々も、日々の生活が苦しくなってくると、冷静な判断ができなくなってしまうものです。今ではイギリス国民はEU離脱派とEU残留派が対立し、議会はEU離脱の決断を何回も先送りし続けています。
ドル換算による最低賃金の国際比較は無意味だ
そもそも最低賃金をドル換算で比較すること自体、経済の分野で議論するという以前に、本質的に大きな間違いをしていると思います。というのも、各国の通貨とドルとの為替相場はつねに変動していて、例えば日本のケースでいえば、ドル換算の最低賃金は2012年と2015年で40%以上も変わってしまうからです。国民生活の視点から見れば、ドル換算の金額で比較するのは無意味であり、実質的な金額のほうがはるかに重要であります(※労働生産性は購買力平価に基づいて計算されているので、ここで提起している問題はクリアしています)。
経済学者の中には、「アメリカを見習うべきだ」という考えの人が実に多いという事実があります。私は企業経営の一面では見習うべき部分もあるとは考えますが、国民生活の立場ではまったく見習うべきところはないと確信しています。アベノミクス(日銀の金融緩和)が格差を拡大させたのは間違いなく、その恩恵を最も受けた2人の人物を挙げるとすれば、柳井正・ファーストリテイリング会長兼社長と孫正義・ソフトバンクグループ会長兼社長の両者しかありません。
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