「異色のNHK番組」がハイエクに注目した理由 「歴史上の知の巨人」の視点から見る資本主義

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――今もスピンオフ企画が進行中だそうですね。

丸山:はい。この7月にお送りしようと制作中なのは、「欲望の貨幣論」です。仮想通貨が生まれ、キャッシュレス化が進む現象を捉え、資本主義の基本を成す貨幣に着目した特別編です。

『貨幣論』『会社はこれからどうなるのか』など、正統的な近代経済学の枠組みにとどまらず、実にさまざまな問いかけ、考察をされてきた日本を代表する経済学者である岩井克人さんに今回はご出演いただき、岩井さんの言葉をきっかけに、ジョセフ・スティグリッツ、ジャン・ティロール、トーマス・セドラチェクらの経済学者はもとより、ユヴァル・ノア・ハラリ、マルクス・ガブリエルら、世界の知性たちの未公開の言葉も盛り込みました。まさに、今だからこそのテーマです。

貨幣とは何か?その価値の根拠は?

極めてシンプルな問いであり、実は答えようとすると、極めて難しい問いで、資本主義の本質へとつながる問いです。1993年の『貨幣論』、1985年の『ヴェニスの商人の資本論』以来、実はもっと古くは、僕の知る限りでは1983年の『現代思想』でのご発言など……、岩井さんが取り組んでこられたこの問いは、ある意味第1歩の問いであり、同時に究極的な問いとも言えます。

もちろん今回も、マルクス、ケインズを始め、アリストテレスに至るまで、歴史上の知の巨人たちのさまざまな格闘、洞察、知見も交えて考えていきます。

貨幣への過剰な執着と同時に、一方では「お金がなくなる……」といった声もある現代。いよいよねじれ、錯綜する資本主義を考えるとき、歴史上の巨人たちの格闘から学べることも多いと思います。テクノロジーがすべてを牽引していくこの時代に、いっそ「ビッグデータの言うままになるほうが幸せだ」という声があることも承知しています。

経済の論理が、社会を、世の中の構造を大きく変えていくことを視野に入れていかねばなりませんし、そうしたダイナミックな時空を超えた思考をすることで可能性が開けるのではないでしょうか。

――収録時にとくに印象に残った場面はありましたか。

丸山:「アダム・スミスさんは、ここを見逃してしまったんですね」

番組にも登場する、岩井さんの言葉です。歴史上の巨人を「さん」づけで、まるで友人のように語る岩井さんの姿勢に、共感を覚えました。

「歴史の偉業」という物語に飲み込まれることなく、時代のテーマと格闘した等身大の人間として、敬意と親しみを込めた「さん」づけ。こうした虚心坦懐な姿勢から、今につながるエッセンスをくみ取れるのだと思います。

岩井さん、否この話については、岩井先生と言うべきなのかもしれませんが……、実は1985年、まさに『ヴェニスの商人』を出された頃、東大駒場の「経済原論」に潜り、講義後質問させていただいたのが最初の出会いです。

当時まだ学生で、この話は長くなるのでまたの機会にしますが(笑)、自らの将来の選択にもつながる貴重な示唆をいただいたことを覚えています。その頃から一貫して、すべてをつなげ、ジャンルを越えて思考し続けるお姿に敬愛の念を持ってきました。

マルクス「さん」も、ケインズ「さん」も、時代のもたらす課題にどんなスタンスで臨み、どんな視野を開いたのか? その可能性と限界は?

大変化の時代だからこそ、そもそもお金とは何か、資本主義とは何かを読者・視聴者のみなさんとご一緒に考えていければと思っています。

(聞き手:矢作知子)

丸山 俊一 NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー/立教大学特任教授/東京藝術大学客員教授

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まるやま しゅんいち / Shunichi Maruyama

1962年長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。「欲望の資本主義」「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」「欲望の時代の哲学」などの「欲望」シリーズのほか、「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」「地球タクシー」などをプロデュース。過去に「英語でしゃべらナイト」「爆笑問題のニッポンの教養」「ソクラテスの人事」「仕事ハッケン伝」「ニッポン戦後サブカルチャー史」「ニッポンのジレンマ」「人間ってナンだ?超AI入門」ほか数多くの異色教養エンターテインメント、ドキュメントを企画開発。著書に『14歳からの資本主義』『14歳からの個人主義』『働く悩みは「経済学」で答えが見つかる』『結論は出さなくていい』など。

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