「出生前診断の是非を問う議論とは別に、検査によって救われる命がある、という事実があります。それならば、検査が悪いと言うのではなく、どうしたら正しい形で検査ができるのかを考えるという方向に行くべきではありませんか?」
林さんが、そんな思いを、住んでいた隣人交流型賃貸マンションの居住者交流会で隣人たちに語ったのは2013年のことだ。これを聞いて、今、会の副理事長を務めるシステムエンジニアの佐野仁啓さんが「ネット上に、胎児疾患を告知された人とその病気のある子を育てている親とのマッチング・システムを構築してはどうか」と協力を申し出たのが、活動の始まりだった。当時は結婚もしていなかったのに佐野さんがそう言い出したのは「他人事ではない」と思ったからだという。
「僕もいつか子どもを持つかもしれない」
「僕もいつか子どもを持つかもしれない。そのとき、検査について相談できる人もいないし正しい情報も得られないとしたら不安じゃないですか」
会は現在、クラウドファンディングなどで資金をつのり、イギリスのチャリティ団体で出生前診断により病気を告知された人専門の相談機関「ARC(出生前の結果と選択)」が出している冊子の日本語版を出すことにも取り組んでいる。
筆者には、この活動は、これから子どもを産み、近未来社会を生きていく世代が、国や既存の組織が変わるのを待ちきれず自ら動き出し、自分たちに必要なものを作り始めたように見えた。
イギリスでは、出生前診断は情報の提供、受けるかどうかの意思決定と希望した人への検査の実施、病気があった場合の相談窓口など一連のサービスが国の母子保健行政の一環として、もしくはそれと連携して行われている。
翻って日本は、旧・優生保護法をめぐる訴訟に象徴されるように、戦後の優生政策がまだ清算されておらず、中絶につながりうる出生前診断はアンタッチャブルな領域である。母体保護法にも人工妊娠中絶の条件に、「胎児に異常があったから」という理由はどこにもない。胎児を調べる術が「心音の聴取」やお腹の上からの「触診」くらいしかなかった時代のまま、時を止めている状態だ。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら