54歳「京大中退」の彼が漫画家人生を選んだ理由 村上たかしの「星守る犬」はこうして生まれた

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「嫁に『学校行ってる割にどんどん日焼けしていく』って言われました。『実は復学したものの、授業が全然わからへんのや』というと『卒業しても新卒の採用があるわけでなし。だったら漫画家としてやっていけばいいじゃん』と言ってくれました」

漫画家として再起し、『ヤングジャンプ』で『天国でポン!』を1年間連載した。

ナンセンスギャグ漫画を超えた世の中に…

その後『ナマケモノが見てた』の続編である『ナマケモノがまた見てた』の連載を始めた。連載の途中で、阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きた。

「驚きました。とくにオウムの事件にはかなりのショックを受けました。麻原彰晃のお面をかぶって踊ったりしてる人たちが、あんな恐ろしいものを作ってテロをしていたって……ナンセンスギャグ漫画を超えていると思いました。

世の中が正義、理想論、正しいことを言う人が強いときは、それを揶揄する形でギャグが成り立つんです。でもその地盤がグラグラと揺らいでしまった。ナンセンスギャグを続けていくのは難しいなと思いました」

『ナマケモノがまた見てた』の連載が終わり、『ヤングジャンプ』での仕事がなくなった。『ヤングジャンプ』の専属契約をやめ、竹書房やぶんか社などで漫画を描いた。

『ナマケモノがまた見てた』が終わって3年が経った頃、ぼちぼちまたうちで描きませんか?と『ヤングジャンプ』から声がかかった。

「編集には2案あると言いました。1つは今までどおりのギャグ漫画で、もう1つは起承転結ならぬ『起承転“泣”』の作品。物語を紡ぐ、優しい4コマ漫画です」

編集者から後者が選ばれ、1999年から『ぱじ』の連載が始まった。

両親を亡くした孫娘ももと、彼女を育てる祖父茂吉の日常を描いた4コマ漫画だ。

「『人とのつながり』や『愛』って大事なんだよ、という基本を立て直す漫画を描こうと思いました。そこがしっかりしていてこそ、またやんちゃなギャグを描きうる時代が来ると思いました」

『ぱじ』の評価は高く第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。

連載時もアンケートの評価はよかった。ただ、単行本があまり売れなかった。その頃から、人気があっても単行本が売れない漫画は終わっていくという流れになっていた。

そしてその頃はリーマンショックの影響もあってか、雑誌がパタパタと終わっていく時代でもあった。

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