「機動戦士ガンダム」が描いた人間たちの"矛盾" 知られざる安彦良和氏の「仕事」に迫る

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安彦氏は自らの人生を次のように振り返っている。1960年代は政治運動と青春の時期。1970年代はアニメーターとして生活と仕事に追われた時期。1980年代はアニメ監督に挑戦した時期。そして1990年代以降はアニメの世界と「決別」して、ひたすらマンガに専心した時期。

安彦良和 (やすひこ よしかず)1947年北海道生まれ。70年弘前大学中退後上京し、手塚治虫の「虫プロダクション」でアニメーターになる。1973年にフリーとなり、以後『機動戦士ガンダム』など大ヒットアニメの主要スタッフとして参加。キャラクターデザイン、作画監督、監督などアニメ界でマルチに活躍。1979年『アリオン』でマンガ家としてデビュー。1990年『ナムジ 大國主』で第19回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。2000年『王道の狗』で第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。2012年『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で第43回星雲賞を受賞。マンガ作品は『ヴイナス戦記』『神武』『虹色のトロツキー』『イエス』『天の血脈』『ヤマトタケル』など多数、著作は『原点 THE ORIGIN』『革命とサブカル』などがある

さらに2000年代は『機動戦士ガンダム』をマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下『THE ORIGIN』)として自ら「整理(リライト)」した時期であり、2010年代以降は(その間も休みなくマンガを描き続けてはいたものの)『THE ORIGIN』をベースに、ガンダムの再アニメ化を試みようとした時期である、と。ほぼ10年ごとに区切りがあったのである。

安彦氏がガンダム作品の世界に深く関わったのは、長らく『機動戦士ガンダム』とその劇場版のみだった(いくつかのキャラクターデザインや作画監督、福井晴敏『機動戦士ガンダムUC』のカバーイラスト・口絵・挿絵などの仕事には携わっているが)。ガンダムはその後も次々と新シリーズや関連商品が出て、やがて巨大な神話体系となり、ガンダム産業を作り出してきたが、安彦氏は基本的にそれらのガンダムワールドからは距離を取っていた。

実際に、安彦氏の仕事の全体像を、ガンダムについてのマニアックな知識や情報によって語り尽くすことはできないだろう。さらに言えば、ガンダムの世界を十分に理解し楽しみたければ、安彦作品の主題となってきた日本近代史、天皇制、社会運動、キリスト教、アジア主義などについて幅広く関心を持ち、深く学ぶといいのではないだろうか。

安彦作品の醍醐味

安彦氏はアニメーターやマンガ家として優れている、というだけではない。明らかに――安彦氏はこういう大げさな言い方を嫌うだろうが――壮大な文明論や歴史観の持ち主であり、スケールの大きな「思想家」でもある。歴史論、戦争論、宗教論、革命論などを視野の外に置いて、氏の作品世界の全体像に迫ることはできない。

学生時代の全共闘運動などの経歴から誤解されがちだが、安彦氏の思想を単純に「右か左か」「保守か革新か」などの二元論によって割り切ることはできない。例えば満洲国やアジア主義への向き合い方は、きわめて両義的なものであり、また複雑かつ繊細なものだ。また日本古代史シリーズでは、右翼思想や歴史修正主義とも受け取られかねないような、古代天皇をめぐる虚実皮膜の危ういゾーンへと踏み込んでいる。だがそうした危うさの中に安彦作品の醍醐味がある、ともいえる。

近年、安彦氏の巨大な仕事の全貌を知るための準備が整いつつある。『原点 THE ORIGIN』(斉藤光政との共著、2017年3月、岩波書店)という評伝・自叙伝風の本が刊行され、また学生運動時代の仲間への取材の記録が一冊の本にもなった(『革命とサブカル』2018年10月、言視舎)。

それらに対して、『安彦良和の戦争と平和』(2019年2月、中央公論新社)は、一連の作品群から、その奥深さ、面白さを読み解いて作品がもつ普遍的な意味と魅力を探りあてようとする。安彦氏のアニメ、マンガ作品について総合的な評論がなされることは少なかったので、その点がこの本の独自性といえる。

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