令和が受け入れられた理由は「意識の低さ」だ

ネタとして盛り上がったことも一役買った

令和が発表されたとき、典拠となった「万葉集」に注目が集まりました。書店では万葉集やその解説書が売れているといいます。これを機に日本の古典を教養として知ろうという思考は、意識が高い。つまり「意識高い&ポジティブ」です。また、元号は日本の伝統であるから尊重すべきだという保守派の意見もここに入るでしょうか。

「意識高い&ネガティブ」は、思想的に元号に反対、もしくは使われた文字や典拠が学術的に気に入らないという意見です。論争は、意識の高い者同士の間で行われます。意識低い者同士は、単なるケンカです。

全体からすると、意識の高い人は少数派です。思想的なこだわりが強い人や、万葉集を読んでテレビで知る意味以上に知ろうとする人は全体からするとマイノリティです。ボリューム的には意識の低い人が多くなります。

30年前の発表が、ネタとしてのテンプレートに

令和が発表されると、TwitterなどのSNSで「ネタ化」が始まりました。レイワという音の響きが、エリック・クラプトンの「レイラ」に似ていると、菅官房長官の映像に曲をかぶせた映像や、コラージュなどのおもしろ画像がアップされました。

また、令和をプリントしたTシャツなどのグッズがすぐに販売され、NHKの映像で令和の額に手話のワイプがかぶったのがバズり、フリー素材集「いらすとや」はすぐにイラスト化しました。

改元のチャンスは一生に何度もないので、乗っからないと損とばかりにさまざまなおもしろネタが披露されます。この盛り上がりは、30年前当時官房長官だった小渕恵三元総理が、「平成おじさん」として有名になったことも影響しています。30年前の発表が、ネタとしてのテンプレートとなったのです。

ネットのネタに盛り上がらなくても、新しい元号が発表されるときに純粋にワクワクした人も含めて、「意識低い&ポジティブ」に位置づけられるでしょう。もちろん、1人の人間の中にも、意識の高い部分と低い部分があります。思想として元号に否定的でも、こうしたワクワク感が生じたとしても不思議なことではありません。

そして、ラストは「意識低い&ネガティブ」です。和暦(元号)が面倒くさいという意見は、かつてからありました。昭和までは西暦と同じぐらいに使われていましたが、平成以降は西暦を使うことのほうが圧倒的に増えた印象があります。公文書には和暦での記入が求められ、「今年平成何年だっけ?」と毎回思うものです。

「面倒くさいから要らない」は、元号に反対する最もメジャーな理由だったはずです。しかし、日常生活で和暦を使用する頻度が少なくなり、面倒も小さくなりました。運転免許証や銀行通帳もこのタイミングを機に西暦表記となりました(運転免許証は併記)。

保守派は元号の軽視と言いますが、そのぶん一般の人から面倒という理由で反対されることも少なくなったのです。最大の障害となりそうな、ITのシステム変更も、1カ月猶予期間が設けられたことで、多少は緩和されそうです。

また、今回は天皇の崩御に伴う改元ではなかったのでネガティブ要因が減り、心置きなくネタ化できました。ネタ化という“遊び”は、戦前なら許されなかったはずです。

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