レジ袋のポリエチレンが「人工網膜」になる日 岡山大学「高解像度での視力回復」の新技術

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視細胞が死滅して視力を失う疾患の場合、光による刺激を電荷として視神経に送ることができなくなる。人工網膜は視細胞の働きを代替する素材だ(画像:岡山大学)

光電変換色素を用いた人工網膜は世界でもほかに例がないという。
移植は網膜に小さな傷をつけ、そこに生理食塩水を流し込むことで人工的に網膜剥離の状態を作り、そこにプラスティックで作った針のように細い中空パイプ(人工網膜注入器)を挿入。パイプ内に丸めて挿入されている人工網膜を吐出し、剥離した網膜の裏に人工網膜を移植する。

現在はサルおよびウサギの眼球を用いた実験段階とのことだが、いずれもヒトの眼球に比べ半分程度のサイズにもかかわらず、手術は成功を収めていると松尾准教授は話す。

「本当にサルの視覚が回復しているのか?と言われると、われわれはサルと話ができないため、どのようにサルが視野を感じているのかはわかりません。しかし、およそ10ルクスでも反応を示し、視覚刺激の変化にも応答しています」(松尾准教授)

実際に視覚を失っているサルに対して、繰り返し光刺激すると、人工網膜を移植しない場合は脳の反応が減弱しているが、移植後に調べると光刺激に反応した脳の電気活動(視覚誘発電位)が観測されるという。

松尾准教授は「手術の難易度は眼球が大きいほうが下がるため、ウサギやサルよりもヒトの眼球への移植のほうが容易と思われます。今年後半から来年ぐらいにはヒトに対する治験も進めていきたいと考えています」と前向きに話した。

学内に人工網膜専用生産設備を導入

ポリエチレンといえば、スーパーなどの買い物袋で使われている素材でもあるが、人工網膜に使うことのできるポリエチレン薄膜は、作り方も添加物の有無もそれらとは異なる。

一般的なポリエチレンの袋はさまざまな添加物を加えて空気で膨らませながら薄いフィルム状に加工する。このため、体内埋植に適した無添加のポリエチレン薄膜を作製できる工場が一般には存在していない。また、空気で膨らませながら作ると表面構造が不均一になり、人工網膜には適さない。

その後の光電変換色素を結合させる工程も含め、異物の入らないクリーンな環境で行わなければ患者に安心して使ってもらうことはできない。理論上は“可能なはず”であっても、生体内に埋め込むための素材がなければ前には進まない。加工業者を探し続け、断られ続けた末に、岡山大学では自分たちで生産設備を作る決心をした。

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