中国のエリートは、靖国など問題にしていない

日中に必要なのは「着眼大局、着手小局」の発想

さて、靖国に対する中国人エリートの見方を論じてきたが、新年なので、最後はすこし歴史的な観点から日中関係の話をさせていただきたい。今まで中国への渡航歴がすでに200回を優に超えた私だが、日中貿易を日本国内でスタートさせたのは1976年である。この2年後の1978年に日中平和友好条約が締結され、その後、私は初めて中国の地を踏んだことを、今も昨日のことのように覚えている。

岡崎嘉平太氏と周恩来首相の関係構築に学びたい

日中友好の表舞台に関しては、田中角栄首相と周恩来首相が平和条約の立役者ということになっている。このことを否定するものではないが、実はその影には、民間人である岡崎嘉平太氏(1897~1989年、日本銀行を経て、全日空社長など数々のトップを歴任。日中覚書貿易事務所代表・日中経済協会顧問)が、10年以上に渡って国交の実現の根回しをした事実がある。

当時は両国の関係の構築については、どこから手を付けていいのか、まったくわからなかったほどだ。現在と比べると、気の遠くなるような交渉であった。政治的な話はできる訳もなく、文化交流や貿易交流を優先することで、絡まった糸をほぐすように、岡崎嘉平太氏が周恩来首相への信頼感を10年間かけて得たのである。周恩来は「井戸を掘った人を忘れてはならない」との言葉を残したが、これはもともと岡崎氏に向けられた言葉であるとされる。一方の岡崎氏も、「信はたて糸、愛はよこ糸」との言葉を残し、中国の信頼にこたえた。

当時もそうだったが、中国と日本は「着眼大局」「着手小局」という手法で、友好平和条約に一歩一歩近づけて行ったのである。つまり、「着眼大局」とは世界で孤立した中国が、世界の表舞台に復帰することだった。「着手小局」とは、外貨不足でデフォルト寸前の経済を貿易によって立て直すことであった。

中国は歴史の大きな流れをつかむことに長けている。周恩来首相は、まさに大局観から日中友好条約のチャンスを模索した。一方、岡崎嘉平太氏は都合101回の訪中を通じて、日中の国交回復を実現させた。当時の訪中は国交がないだけに大変な努力であった。まさに現場を訪問して「着手小局」から大きな成果を達成したのが、岡崎嘉平太氏の持ち味であった。

靖国問題は、このままだと確かに難しい問題のように見える。ただ、当時の日中平和友好条約の締結への厳しい道を考えると、靖国の話は相対的にかなりスケールが小さい問題にみえるのだ。

私がいいたいのは、この問題は、日中関係の最重要課題ではないということだ。重要なことは、「日本と中国は、補完関係にある」ということだ。それが、私が30数年に及ぶ対中ビジネスから得た確信である。その本質を見失ってほしくないのだ。

新年からつい熱くなってしまった。だが、日本と中国は、政治問題はしばらく棚上げにして、「経済と技術分野」で両国が協力することを提案したい。日本人はもっと中国の大局観を勉強するべきだし、中国人は日本人の現場力を研究すればお互いの良いところを伸ばすことができる。

2014年は新たな「着眼大局」「着手小局」を追求すれば、良い年になること請け合いである。このような考えで新しい年をお互いに愉快に過ごすのが、東洋人の知恵ではないのかと思うが、どうだろうか。

マーケットの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • 最新の週刊東洋経済
  • ブックス・レビュー
  • 就職四季報プラスワン
  • 映画界のキーパーソンに直撃
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
-

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

ログインしてコメントを書く(400文字以内)
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
電池開発でノーベル化学賞<br>吉野彰氏が示した「危機感」

受賞会見とともに、リチウムイオン電池の開発の歴史と当事者の労苦を振り返る。世界の先頭を走ってきた日本も、今後および次世代型の市場では優位性が脅かされつつある。吉野氏率いる全固体電池開発プロジェクトに巻き返しの期待がかかる。