MMTも主流派経済学もどっちもどっちな理由

「レバレッジを制御できないこと」が問題だ!

しかし、MMTを主張する人々よりもはるかに前から、この議論を行なっていたのは、実は日本銀行であったということを忘れてはならない。

1990年代前半に経済学者の岩田規久男(前日銀副総裁)と日銀スタッフだった翁邦雄が『週刊東洋経済』で繰り広げた「翁-岩田論争」である。ここでは、翁が中央銀行は準備預金を能動的に増減させることはできず、マネーサプライに与えられる影響力も限定的であると主張していた。MMTが声高に主張している議論は、すでに20年以上前に日本で行われていたわけである。そして、当時、日銀の「受動的な金融政策」は間違いだと主張した岩田らの論が、2000年代以降に日銀の政策として段階的に採用され、実験されていくことになるのである。

この実験の結果、中央銀行のマネーサプライ管理能力については、おおむね翁の主張に沿った結果が出ており、MMT論者の主張も、その面においては支持されている。ただし、話はこれでは終わらない。

上記の「財政赤字→国債発行」のプロセスを根拠にMMT論者が「財政赤字は誰の負担も増やさない」という結論を単線的に導こうとするのであれば、この結論を論破するのは簡単である。単純な話だが、「減税された資金をまったく使わずにそのまま預金するのであれば、そもそも何も変わらないのは当たり前」なのである。国債の金利支払いも財政赤字でまかなわれると考えれば、その分も減税と同じ扱いにできる。

「リカード中立」を前提にするなら乗数効果はゼロだ

実は、ラーナーやMMTの使っているトリックはここにあるわけだが、「誰かの負債は誰かの資産」なので誰の負担にもなっていないというのは、あくまでも「バランスシート」もしくは「ストック」の議論である。前述の例では、「国民Bは減税資金を受け取りそのまま銀行Aに1億円預金する」としているが、これはつまり、財政政策の乗数効果が「ゼロ」である状況を想定している。「完全なリカードの中立命題が成立している」という言い方にもなる。「リカード中立」は「財政赤字を拡大しても、国民が将来の増税を予想してしまうと一切資金を使用しない」という状況を指す。

しかし、実際には減税資金のうちいくらかを消費に回すからこそ経済効果があるわけであり、そもそもラーナーもMMTもその効果に期待して「財政政策でいくらでも雇用やインフレをコントロールできる」と主張しているわけである。結局、「誰かの負債は誰かの資産」あるいは「財政赤字は誰の負担にもなっていない」というのは、「恒等式」の関係を述べている、「会計上、バランスシートの右と左は釣り合っている」と言っているにすぎないのである。

トリックとはいえ、ラーナーやMMTの言っている議論も、ある時代、ある局面においては、現実に起こっている経済状況を的確に説明できていたりもする。例えば、1990年代後半から2000年代半ば頃にかけての日本の国債市場のケースなどである。

この時期、日本政府が景気対策として財政赤字拡大政策を採るたびに、過大な国債発行が長期金利の上昇を招くのでないか、それがむしろ経済にネガティブな影響をもたらすのではないかとの懸念が高まった。だが、実際に国債発行による本格的な長期金利上昇は起きなかった。この事象を振り返って、「ほら見ろMMTの正しさは2000年前後の日本で証明済みだ」などとわけ知り顔で語る論者もいる。

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