日本語学校、空前の「開設ラッシュ」に潜む不安 外国人の特定技能35万人時代に対応できるか
今年に入り、多数の留学生が行方不明になっている東京福祉大学や定員の3倍の留学生を受け入れていたことがわかった茨城県の専門学校の例など、外国人留学生絡みの不祥事が次々と明らかになっている。
荒木理事長は「われわれは年に1回、法務省と警視庁の研修をしっかり受けている。日本語能力試験で何級に何人受かっているのかのほかに出席率を見たり、どんなアルバイトをしているかなど、留学生に問題が起きないように気を配っている」と強調する。
日本語学校は日本語が不自由な外国人を受け入れる。一般的な学校とは異なり、外国人の来日時の出迎えに始まり、市町村役場における住民票や国民健康保険の加入手続き、寮や宿舎での居住マナーや電車の乗り方などの生活面まで学校の仕事は及ぶ。しかも、それを24時間体制でサポートしなければいけないという、特有の気苦労がある。
政府の「さじ加減」に揺れる日本語学校
日本語学校の歴史は、時の政府の出入国管理政策や地震などの外部要因に振り回される歴史だった。
1986年に学校を開設し、東京、大阪、京都で5拠点を展開するアークアカデミーの鈴木紳郎社長は「私が学校を始めたきっかけは、当時の中曽根政権が『留学生10万人計画』をぶち上げたときだった」と振り返る。
中曽根康弘内閣(当時)は1983年に「留学生受け入れ10万人計画」を公表した。日本が受け入れている留学生数が他の先進国と比べて際立って少ないことなどを背景に、当時のフランス並みの10万人の留学生を、21世紀初頭までに実現する目標を掲げた。実際、当時日本にいた留学生は1万人ほどに過ぎなかった。サラリーマンをしていた鈴木氏は「これは面白そう」と考え、日本語学校を始めた。
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