「例えば実家の建て替えをするときも、すべて私が判断しています。両親には説明をするだけで、相談できる人はいませんでした。今は俊樹さんがいるので孤独ではありません。同意してもらえるだけで心強く感じます」
2人が出会ったのは5年前、場所は渋谷にある書店だった。故・水木しげる氏の熱烈なファンである志保さんが水木しげるコーナーに向かったところ、先に俊樹さんがいて、店員に『ねぼけ人生』というエッセイ本がないか問い合わせていた。
「私はそのときに飲み会の前だったのでテンションが上がっていたんです。思わず『その本は絶版ですよ。私は持っているので、よかったら貸しましょうか?』と声をかけてしまいました。マニアの優越感もあったのだと思います」
当時の俊樹さんは髪を長く伸ばしていて、少なくとも20代後半だと思ったと志保さんは語る。一方の俊樹さんは店員でもない人からいきなり話しかけられて驚いたが、『ねぼけ人生』を貸してくれるならと心が動いた。そして、赤の他人である志保さんとメールアドレスを交換した。
「2週間後に会って本を渡すついでにお茶をしました。会計のとき、彼の財布からすごいものが見えてしまったんです。陸上自衛隊の総合火力演習のチケット!」
興奮気味に話す志保さん。水木しげるだけではなく、軍隊好きという共通点も見つけたのだ。
「しかもお互いに近代兵士に興味があるんです。日露戦争以降の歩兵がとくに好きですね」
ここを深掘りすると話がどんどんマニアックになりそうなので、俊樹さんの話を聞こう。無愛想ではないのに無表情という不思議な人物だ。
育った家庭は「機能不全家族」
「私が10歳のときに母が他界しました。それからは父と2人暮らしでしたが、父は仕事でほとんど家にいません。お金には不自由しませんでしたが、家事はすべて自分でやっていました。私が大学生のときに父は恋人と再婚をし、実家から出て行きました。ずっと1人でいたので寂しいと感じることはありません。防衛本能なのかもしれません」
志保さんによれば、「機能不全家族」の中で育ったところも自分たちは似ているという。彼女のほうは、権威主義的な祖母、祖母におびえて志保さんを悪者にする母、無関心な父しか身近に大人がいなかった。
「祖母はかなり前に他界しましたが、今でも祖母に似た足音を聞くと震えがきます。私を守らなかった母への憎しみも消えません」
親を信じられない分だけ、ほかのところで親しい人間関係を求めている。それはクールに見える俊樹さんも同じで、2人きりでいるときは大声で笑うようになった。
出会って2カ月後には交際を始めた。アプローチしたのはどちらだったのだろうか。俊樹さんは照れくさそうに「よく覚えていない」と言うが、志保さんは鮮明に記憶している。クリスマスの時期に横浜の赤レンガ倉庫で食事をしたら、周囲はカップルばかりだった。ホットワインで酔いが回った志保さんに対して、俊樹さんは「僕たちもカップルということでいいんですよ」と宣言したのだ。
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