「自分を大きく見せたがる人」の危なすぎる心理 競争社会が生み出した「優越欲」の弊害

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主人公とそれをとり巻く友人たちのやりとりは、知識や教養の見えの張り合いやからかい合いが中心で、近代教養人たちの不毛な会話や関係を面白おかしく揶揄しています。近代という時代、身分がなくフラットな時代が生んだのは、実は競争意識であり自分を大きく見せようとすること、つまりは自分を「飾る」意識だった。漱石は、猫を通してそんなメッセージを投げかけます。

身分制度がはっきりしていたころは、ある意味自我をその身分の範囲でとどめておき、それによりかかることで自分の存在証明ができた。しかしそれがなくなったことで、人々は新しい物差しを求め、競争しながら自分の位置を確認せざるをえなくなったわけです。

自分を「飾る」というテーマを考えることで、このような時代の流れを分析することもできるのです。

職場でのハッタリは命とり

とはいえ、飾ったり自分を大きく見せるのは私たちの本能的な行動でもあります。人間の男性だって、女性に対してはできるだけ自分を大きく見せようとします。今でこそワリカンも多いのかもしれませんが、私たちが20 代、30代の頃は、デートでは男性がお金を払うというのが当たり前でした。学生時代などは男性だってお金がないのに、なぜか無理して高い店に行き、なけなしのお金を払う。

見えや体裁、ハッタリだと言えばそれまでですが、女性の関心を引くためには、多少の無理も必要になる。それがまた人生の経験になったりするんです。女性もまた男性の関心を引こうと化粧したり着飾ったりすることが日常になっています。異性に対するハッタリや飾りは必要だし、ご愛敬。それがあるからこそお互い刺激し合い、恋愛が生まれる。

ただし自分を飾ることが許容される場と、されにくい場があります。特に職場でのハッタリや飾りは長くは持ちません。自分を大きく見せようとすることはマイナスになることが多く、時には致命傷になるので十分気をつけましょう。

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仕事は結果が求められるので、どんなに自分を飾って大きく見せても、時間がたてば必ず結果として自分の実力が明らかになる。メッキは必ず剥げるんです。その時自分を大きく見せていればいるほど、「何だあいつは、嘘つきだな」ということになる。

いったんそういうレッテルが貼られると、なかなか覆すのは大変です。仕事のうえでは自分を飾らずに、わからないことはわからない、知らないことは知らないと正直にいう。できることとできないことを自分の中で明確にしておく必要があります。

成長できる人は、自分の周りにいざという時に助けてくれる人をたくさん持っている。自分の部署だけでなく、他部署にまで相談やお願いをできる味方がいるかどうか。なぜそういう味方がたくさんできるかというと、そういう人は変に自分を飾ったり、大きく見せようとしたりしません。「これがわからないので、○○さん教えてください」とか、「○○さんの力がどうしても必要です」とか、上手に甘えることができる。

人は他人から頼られて悪い気はしません。それを突っ張って自分を実力以上に見せようとしていては、味方になってくれる人も敵に回してしまいます。仕事や職場で、自分を大きく見せようとする飾りは、いろんな意味で損をすることのほうが多いと断言できます。

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官

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さとう まさる / Masaru Sato

1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。

2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。2006年に『自壊する帝国』(新潮社)で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『読書の技法』(東洋経済新報社)、『獄中記』(岩波現代文庫)、『人に強くなる極意』(青春新書インテリジェンス)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『宗教改革の物語』(角川書店)など多数の著書がある。

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