実家暮らしとはいえ、このままではまずいと、別の自治体に転職。こちらは残業があったので、年収は約400万円にアップした。ただ、病気休職した正規職員の欠員補充による採用だったため、1年で雇い止めとなった。
残業がない代わりに、自立するには到底足りない収入。一定以上の収入は得られても、1年後には失業。どちらにしても、これでは将来が描けない――。
そんなある日、帰宅途中の駅ホームで、日産時代の上司と偶然再会した。50代のその元上司もリストラに遭い、別の会社で働いていた。自動車と関係のない業種で、正社員ではないという。互いに近況を報告し、別れた。
「君くらいだよ、僕のことをいまだに部長と呼んでくれる人は」。そう言いながら人波にのまれていった元上司の背中を、ヨウジさんは今も忘れることができないという。
年齢にもよるが、正社員という身分をいったん手放せば、再び正社員として働くことは容易ではない。より好待遇の働き口を見つけるとなれば、なおさらである。はたしてヨウジさんは再起できたのか。
現在は東京で労働組合の専従職員として勤務
実は、ヨウジさんは現在、東京で労働組合の専従職員として働いている。年収は約580万円。きっかけは、自治体の臨時職員だったとき、正規職員とのあまりの格差に、「愚痴の1つでも聞いてもらおう」と、庁舎内にある労働組合を尋ねたことだという。
後でわかったことだが、この労働組合は日本自治体労働組合総連合(自治労連)の傘下だった。自治労連は、政治的には共産党と協力することが多い全国労働組合総連合(全労連)の加盟。また、ヨウジさんが尋ねた労働組合は、全国でも珍しく非正規職員の組織化に力を入れていた。
これが縁で、いくつかの全労連傘下の労働組合の専従職員などとして勤務。いずれも年収300万円程度だった。そして数年前、東京の労組に“転職”をした。
大企業によるえげつないリストラも、外国人労働者と一緒に働いた過酷な現場も、得難い経験だった。ただそう言えるのは、現在安定した収入を得られているからでもある。30歳を越え、八方ふさがりだったときに労働組合の門をたたいたことは、「幸運だったと思う」と、ヨウジさんは言う。
労働組合活動に関わる中で、非正規労働者を組織化することの難しさを感じている。非正規労働者は、雇用形態も期間もばらばらで、総務部門でさえ実数を把握していないこともざらだ。「まず(職場の)どこにいるかわからないんです」とヨウジさん。
「官民問わず、非正規労働者が増えすぎたと思います。たとえ非正規でも、ちゃんと生活できるだけの賃金や身分保障があればいい。そうすれば、年金不安や生活保護費の増大、晩婚化、少子化――。いろいろな問題が自然に解決すると思うんですけど……」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら