何者にもなれなかった「40男」たちの絶望 山田ルイ53世×田中俊之が語り合う

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田中:ああ、COACHって若い人が持つ財布で、使っていいのは30代まで、といった適齢期があるんですかね。

山田:それっ!(笑)僕も、前あげたのより安いヤツはあげられへんみたいな感覚がないわけではないし。最低でも15万するのをあげなあかんの? って憂鬱になりましたよ。そう考えると、確かに40代になると見えというか、体裁を整えるためのコストといった維持費が高騰する気はしますね。本来の自分の収入や地位、評価よりも背伸びしとかなあかんというか。燃費が悪い。

田中:正直に告白すると、僕も自分でどれぐらいの財布を持てばいいのか全然わからなくて。小島慶子さんの使っている財布がすてきだったので、どこのブランドなのかを聞いて、六本木の東京ミッドタウンで購入しました(笑)。

山田:そういう人おる! それは小島さんの財布がすてきだったというのは言い訳で、周囲にセンスがいいと思われている小島さんにのっかっとけば安心だということでは?

田中:自分では不要と思っていても、世間の期待のハードルに応えて、それなりのものを持っておかなければいけないプレッシャーはあると思うんですよね。でも、40代にふさわしいスタンスや振る舞いの正解がわからないから、決められたブランドや、旧来の“男らしさ“や”カッコよさ”の基準に寄せておくのが、いちばんラクだということになってしまうんです。

自意識過剰と思われそうですが、社会学的な観点からすればそうとも言えません。社会はある程度はメンバーが入れ替わっても、安定して回っていますよね。社会的に共有された目には見えないルールを人々が内面化して、他人に言われるまでもなく、それに従って行動するからです。

例えば、平日昼間に中年の男性が街をウロウロしていると、「まともな大人の男は平日の昼間には会社で働いている」というルールに違反しているので、それだけで怪しまれる傾向があります。

だから、せっかく育児休業を取っても、地域で居心地の悪い思いをしている父親は少なくありません。男性に限らないことですが、性別を理由として感じる「圧」を、本人の気のせいですますのではなく、もっと社会や歴史とつなげて考える想像力が必要ではないでしょうか。

「40代はひとかどの人物であるべき」という外圧

山田:これ、この際はっきりさせたいんですが、結局40歳はカッコつけないとダメなんですかね? だとしたら、それは本人発信の気持ちなのか、それとも、周りがそう思ってるということなのか。

田中:僕は、「カッコつけなきゃいけないと思われている」と考えています。藤子不二雄Ⓐさんの漫画『笑ゥせぇるすまん』(中央公論社、1989年)の中に、1970年に発表された「たのもしい顔」というエピソードがあるんです。41歳の頼母雄介という男が、二枚目俳優のようないかにも「男らしい」顔をしているせいで会社では課長としてみんなからつねに期待され、頼られている。

実際は酒に強くないのに、みんなの前ではウイスキーをストレートで飲み、裏でゲーゲー吐いていたら、喪黒福造に出会います。「あなたにすばらしい女神を紹介してあげますよ!」と言われて「ドーン!」とされるんですね。すると、頼母さんの主観では観音様のような女性に抱かれて甘えたい願望を満たされるんだけど、実際はボロボロのアパートで太った醜い女に抱っこされているだけで、しかも、それを迎えに来た奥さんに見られてしまう……というオチです。

山田:エグいオチですねー。

田中:当時から、男なら40歳とあれば「しっかりしていなきゃいけない」「周りに頼っちゃいけない」という外圧があって、甘えたり弱音を吐いたりしようものなら、「バリバリの働き盛りでみんなが頼りにしてるのに、何言ってんの!」と言われてしまう空気があったわけです。特に、70年代はまだサラリーマンは労働人口の半分くらいしかいなくて、その中の課長といったら今でいう勝ち組に属したでしょう。

山田:課長というステータス自体が、今より全然上だったんですね。

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