田中:でも、時代は変わっても、「40代ならひとかどの人物でなければならない」という周囲の期待は、『笑ゥせぇるすまん』の頼母さんの頃と同じだと思うんです。そして、頼りにされるばかりで、僕らが頼るものがないという図式も変わっていません。
山田:言われてみればそうかもしれませんね。
田中:たとえば、2017年に発表された村上春樹の『騎士団長殺し』の中にも、36歳の画家の主人公が、次にように語る場面があります。
“私は36歳になっていた。そろそろ40歳に手が届こうとしている。40歳になるまでに、なんとか画家として自分固有の作品世界を確保しなくてはならない。私はずっとそう感じていた。40歳という年齢は人にとってひとつの分水嶺なのだ。そこを越えたら、人はもう前と同じではいられない。それまでにまだあと4年ある。しかし4年なんてあっという間に過ぎてしまうだろう。(村上春樹『騎士団長殺し』新潮社、2017年)”
彼は、芸術作品として評価される絵が描きたいのに、生活のために肖像画の仕事で飯を食っていることに、コンプレックスを感じているんです。
山田:世間的には、40にもなればなにがしかの者になっているはずだというふんわりしたイメージがあるけど、実際には何者にもなれていない人のほうが圧倒的に多い。むしろ、昔より今の40歳のほうが、「こんなはずじゃなかったのに!」という焦りはあるし、キツいんじゃないでしょうか。
蔓延する40歳コンプレックス
田中:そのとおりだと思います。バブル崩壊後から約10年の間に就職活動をした、1970~1982年頃に生まれた世代のことを「ロスジェネ世代」と呼びます。“ハズレの世代“と言われたりもしているんです。
山田:嫌な言い方ですね(笑)。
田中:90年代後半に就職氷河期がきて、就職できずにフリーターや非正規雇用になる人が激増した世代です。でも、当時は景気さえ回復すれば、30歳手前には正社員になれると楽観視されていました。ところが、結局それから景気が1度も回復せずにきてしまったので、この世代の抱える課題は積み残されたままになってしまったんです。
山田:僕なんか、就職したことないですけど、むしろよかったのかも。
田中:世間からは「40歳にもなればひとかどの人物になっているはずだよね」と思われているのに、経済的にも階層的にも、あらゆる意味で厳しい状況にある。これまでとはレベルの違う先の見えなさに見舞われていると言えます。
山田:お笑いの世界では、「若手芸人の高齢化」と言われて久しいです。僕らの頃は、30歳で世に出ていなかったらアウトと言われていました。今はハリウッドザコシショウさんや永野さんみたいに、40代で世に出て、「若手」枠でテレビをにぎわす方も増えました。もちろん僕も「若手」です。
田中:お笑いだけでなく、実は国による「若者」の定義もどんどん上がっているんですよ。中卒で働く人が普通だった戦後すぐの頃は、「若者の雇用対策」といえば15歳から、せいぜい18歳までが対象でした。ところが現在、ニートやフリーターの定義は34歳までなので、その年齢までは、保護したり背中を押したりするべき「若者」とされているんです。さらに、ロスジェネ世代が就職で失敗した今、これからは40歳まで「若者」として支援してあげないといけないのでは、と言われています。「40代でも若手」というのは、お笑いに限った問題ではないんです。
(この記事の後編は12月29日に公開予定です)
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