日本人が知らない「ビッグデータ信奉」の限界 データだけでは「因果関係」まで導けない

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もっと徹底しているのは、ペイパル創業者で投資家でもあるピーター・ティールだ。彼は「ティール・フェローシップ」なる財団を立ち上げ、若き起業家を対象に、大学での勉学に見切りをつけさせ、さっさと起業の道に乗り出せるよう資金援助をしている。

では、こうした考え方で価値を持つものとは何なのか。このイデオロギーの中心にある前提をいくつか分析しながら、われわれの知的生活という概念をどう変えようとしているのか理解を深めておこう。

シリコンバレー流とは真逆の「人文科学」の手法

シリコンバレーでは、そこかしこで「破壊」について語られている。成功する起業家は、従来のやり方を根本から覆そうとする。単に製品を売るのではなく、市場を「破壊」するのだ。この「破壊」に織り込まれている想定を抽出すれば、イノベーションや進歩に関するシリコンバレー流の考え方を深く読み解くことができる。

業界の破壊は、シリコンバレー的にいえば、「ビフォー」と「アフター」を明確に線引きする行為のようだ。そこには、科学的思考が反映されている。つまり、何らかの仮説を提示し、それが最終的に誤りと判明するか、ほかのものに取って代わられるまでは有効であり「正解」と捉えるわけだ。仮説が細かく吟味されてもボロが出ない限り、それまでのやり方よりも高い優先順位が与えられる。とはいえ、それは暫定的な地位であって、いつかは新たな仮説に取って代わられる。つねに前進する分野なのだ。

こうした考え方と好対照なのが、連綿と伝わる人文科学の手法だ。知識に明確な線引きをせず、過去の経験に時代遅れとか陳腐といったレッテル貼りをしない。むしろ、その時々に覇権を握った勢力や有力な考え方が積み重なって、現代の文化に至った過程に着目する。また、(意図的かどうかを問わず)時の流れや距離的な隔たりのために曖昧になってしまった知識や理解を取り戻す可能性も大切にする。

T・S・エリオットが1940年に発表した『イースト・コーカー』と題する詩に次のような一節がある。

あるのは、失われしものを取り返そうとする戦いだけである
そして見つけては失う行為を繰り返すのだ

だが、ひとたびシリコンバレーの文化に照らせば、プロとして生きていくうえで人文科学がまるで役立たずのように感じられる。

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