「有利な状況」を引き寄せる人は何が違うのか 孫子の「兵法」に学ぶ勝てる戦い方

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「彼を知りて己を知れば、百戦してあやうからず(敵情を知り味方の事情も知っておれば、百たび戦っても危険がない)」(謀攻篇)。「地を知りて天を知れば、勝すなわち全うすべし(土地のことを知って自然界のめぐりのことも知っておれば、いつでも勝てる)」(地形篇)。

だが、これでは、何かをする前にすべてを知っておけ、ということにならないのだろうか。これに対して孫子は、単純さと複雑さは共存できること、その単純さが理解の手がかりになることを知っていた。

起きるかもしれないことを知っているほうがいい

「声は五に過ぎざるも、五声の変はあげて聴くべからざるなり。色は五に過ぎざるも、五色の変はあげて観るべからざるなり。味は五に過ぎざるも、五味の変はあげて嘗(たしな)むべからざるなり。戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変はあげて究むべからざるなり(音は五つしかないが、その組み合わせは無数にあり、すべてを聴きつくすことはできない。色は五つしかないが、その組み合わせは無数にあり、すべてを観つくすことはできない。味は五つしかないが、その組み合わせは無数にあり、すべてを味わいつくすことはできない。同様に、戦い方も奇法と正法の2つしかないが、その組み合わせは無数にあり、とても究めつくすことはできない)」(勢篇)。

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起こりうることをすべて予測できる人はいない。だが、こんなことが起きるかもしれないと知っているほうが、起こりうることを何も知らずに臨むよりよいに決まっている。孫子は、数少ない原則で無数の現実の行動に縛りをかけることによって、可能性を察知する知恵を教えようとした。別の言い方をするなら、孫子はその時々に最適の組み合わせを示そうとした。ちょうどシンセサイザーで最適の音色を調整したり、コンピューターの画面上で色調を調整したりするように。

このように、『兵法』の言う賢い将軍すなわちリーダーは、複雑さの中に単純さを探す。現実に存在するものの中には、孫子が挙げた音、色、味のように把握しやすいものがあり、その性質を私たちはよく知っている。

だが単純なものも組み合わせていけば複雑になり、その複雑さに限りはない。どれほど準備したところで、必ず予想外のことが起きる。とはいえ、いかに予想外の出来事といえども原則に縛られるので、私たちを動転させ立ち往生させるには至らない。ではそれをどうやって学ぶのか──偉大な師からである。

ジョン・ルイス・ギャディス イェール大学歴史学部教授、ブレイディ=ジョンソン・グランド・ストラテジー・プログラムの創設者

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John Lewis Gaddis

1941年生まれ。テキサス大学大学院で歴史学の博士号取得。冷戦史の権威として知られ、『ロングピース』『歴史としての冷戦』『歴史の風景』『アメリカ外交の大戦略』『冷戦』などの著者多数。イェール大学の学部生向け講義で優秀教師賞を2度受賞、2005年にアメリカ人文科学勲章を受章。2012年には、『George F. Kennan: An American Life』で、ピュリッツアー賞(評伝部門)を受賞している。

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