ゆとり教育を生んだ“環境”とは?

【特別対談】岩崎夏海×太田彩子(3)

岩崎:それは、第2次世界大戦の反動で、戦後の日本が「何かを信じる」ということに対して強いアレルギーを持ったからだと思うのです。戦争の犯人捜しをする過程で、「軍国教育」が「洗脳だった」としてやり玉に挙げられ、「われわれはだまされていた、なんでも疑ってかからねばならない」という考え方が、日本人全体に広まっていった。そうして、洗脳に対する強い警戒心が芽生えた。それが、クリティカルリーディングのような「何でも疑う」という考え方の流行につながったのです。

太田:なるほど。

岩崎:今、何かの熱心なファンだって公言すると、すぐ2ちゃんねるなどで「信者」だと揶揄されますよね。あるいは「それは宗教だ」って。世界広しと言えども、「信者」や「宗教」という言葉が、悪口になっている国は日本だけですよ。

太田:昭和の高度経済成長を経ても、その価値観は変わらなかったのですね。

岩崎 夏海 1968年生まれ。東京藝術大学美術学部建築科を卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として数多くのテレビ番組の制作に参加。その後、ゲームやウェブコンテンツの開発会社を経て、株式会社吉田正樹事務所に作家として所属、現在に至る。主な著書は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』『甲子園だけが高校野球ではない』『エースの系譜』『小説の読み方の教科書』『まずいラーメン屋はどこへ消えた?』など

岩崎:いや、むしろそれで強まった感がありますね。軍国教育を疑ったら、大きな成功経験をした。だから、「やっぱり疑うのは正しかったんだ」と信じ込む結果になったのです。ところが、その高度経済成長を誰が担っていたかというと、実は皮肉なことに、戦前の軍国教育を受けていた人たちなのですよ。こういう話があります。軍国教育を受けていた戦前生まれの人たちは、戦争が終わると、やがて就職して社会に出た。すると、そのすぐ上の世代の人たちは、多くが戦争で亡くなってしまったので、ぽっかり空いていたのです。だから、直属の上司が、年齢が20歳も離れていたりする。

太田:15年くらい、社員の世代が空いちゃっているんですね。

岩崎:そうなると、本来、中堅がやるべき仕事を、新入社員なのにばんばん任されるわけですよ。そんな濃い経験が15年くらい積まれ、彼らが40歳近くになった1960年代に、高度経済成長が本格的に始まったのです。高度経済成長のメインプレーヤーは、団塊の世代ではなくて、実はその前の世代。つまり、軍国教育を受けていた人たちです。その意味で、軍国教育は、実は成功したとも言えるのですね。

優秀な人は「環境づくり」がうまい

太田:世代論の話で言うと、職場でよく取りざたされるのが、ゆとり世代ですよね。

岩崎:僕の見解だと、ゆとり世代って、逆に「被害者」なんすよ。たまたま親に勉強をさせてもらえなかったせいで、悪く言われるようになった。しかも、ゆとり教育がさんざん悪く言われたおかげで、今の教育は、今度は「脱ゆとり」になって、以前より勉強をするようになっている。だから、今の子供たちのほうが、ゆとり世代よりしっかりしているのです。その「脱ゆとり教育」の子供たちは、この先、どんどん社会に出てきます。そうなると、今のゆとり世代は、ますます居場所がなくなる。上からも下からも疎まれる、そんな状態にさえなりかねないのです。

太田:長引く景気の低迷によるリストラや無気力な空気感を、肌で感じてきた「脱ゆとり」世代。ある意味、抑圧的な反動として生まれた現象とも言えます。

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