発行485万部の「古典の新訳」大ヒットの裏側 時代に合った選書と新訳で「現代作品」に

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2004年にこのシリーズの準備に入った時、編集者として最もこだわったのは選書でした。21世紀に読まれるべき古典とはなにか。もう一度新訳という形でこの国によみがえらせるに足る作品とはなにか。これは重要な命題でした。

というのも、日本の西洋文化の受容にはある種のバイアスがかかっており、本国ではもう読まれないものが翻訳され続けたり、有名な作品が未邦訳であったりすることがよくあることを外国文学者たちに教えられたからです。

しかも新訳されるべき対象は文学だけではないことは体験から知っていました。哲学、社会科学、自然科学の古典を読もうとして本を開いてわずか数ページで挫折した経験を持つのは私だけではないはずです。

古典が読めないのは能力の欠如だけではない

しかし読めない原因が、必ずしも能力の欠如ばかりではないことがわかってきた時、つまり翻訳にこそ問題があるのだと仕事を通じて学んだことは、驚天動地の認識革命になりました。

創刊の一冊に中山元訳のカント『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』を入れることができたのは、本当に幸運でした。読者を悩ませてきた「悟性」や「格率」といった難解な哲学用語を一切排して新訳されたカントの登場は、読者に大きな共感をもって受け入れられました。この本は現在11刷と版を重ね、古典新訳文庫の「顔」ともいえる一冊になりました。

新訳を試みるとき、本を読むのが好きな普通の読者に理解できる訳文でなければと考えていました。これは私が16年間席を置いた『週刊宝石』という週刊誌編集部で徹底的に訓練を受けた結果です。記事の中ではわかりにくい事柄をできるかぎり平易に表現するよう要求されます。

無用な難解さを排して、読者の立場に立った記事を書くことを日常の中で実践していたので、それが書籍編集部に異動してからも私の編集者としての基本的な姿勢となりました。

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