党首選断念、「メルケルなきEU」はどこへ行く 経済が絶好調でも「理想主義」はウケなかった

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現在のドイツ政治が深刻な点は、経済が絶好調であるにもかかわらず現行体制が評価されていないということだろう。

たとえば、失業率は5%付近まで低下しており、完全雇用状態がほぼ実現、目下、人手不足を指摘する声も多い。CSUが大敗を喫したバイエルン州はドイツ最大の州であり景気は極めて良好であった。通常、好景気は現政権の追い風になるものだが、そうはなっていないのである。

結局、メルケル政権の「終わりの始まり」は2015年夏の「無制限に難民を受け入れる」という未曾有の決断であり、これがメルケル首相およびメルケル首相率いるCDU・CSUに対する国民の信頼感を決定的に損なったという話である。バイエルン州は難民流入の玄関口でもあり、ピーク時には1日1万人を超える難民が到着した。

その後、ケルンにおける大みそかの集団暴行事件(2015年)を筆頭に難民による犯罪がクローズアップされる中で2017年9月の総選挙で大敗、その後のたび重なる地方選でも連敗が続き、ついに今回、メルケル首相の政治生命を断つまでに至った。

メルケル政権は欧州債務危機により瓦解に追い込まれると言われた時期もあったが、決定打になったのは債務ではなく難民だった。ユーロ圏の構造問題というテーマではなく、メルケル首相個人の人道主義という理想(ないし趣味)に引きずられて瓦解したとも言える。

債務危機は「ストレス」だが「追い風」でもあった

むしろ、欧州債務危機に関しては、それがあったからこそメルケル政権の安定が演出された部分もあると筆者は考えている。確かに、欧州債務危機における対応を理由に与党の支持率低迷が懸念されることもあり、メルケル首相には「ストレス」であっただろう。だが、振り返ってみれば周縁国が次々と窮地に陥る中、圧倒的な経済力を背景として救済者(債権者)たるドイツの政治力が相対的に増したというのが実情に近い。

また、分かりやすい例で言えば、欧州債務危機を理由にユーロ相場が低位安定したことがドイツ製造業にとって「追い風」となった面は否めない。「経済はドイツ、政治・外交はフランス」というかつてイメージされた両国のバランスは今や見当たらず、「強い経済力」が「強い政治力」の裏付けとなり、気づけば彼我の差は大分大きくなったという印象である。債務危機時にSPDに肉薄されることはあったものの、CDU・CSUの支持率はこの間、目立って落ちておらず、失業率は危機の最中も下がり続けた。

欧州債務危機が最も騒がれていた2010~2012年のドイツは「強い経済」と「安定した政治」の両輪がしっかり回っていたと言える。他国の政治が半ば自滅していく中で救済者でいられたことは、メルケル首相が帝国の「長」としての貫禄を保つ舞台があったといえる。

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