17歳バレー部員が自死した高校の杜撰な対応

校長は、息子の遺書を「メモ紙」として扱った

「驚きしかなかったです」(母親)

人が亡くなっているのに、その原因究明よりも身内である顧問を守ることを優先していると言われてもおかしくない対応ではないだろうか。

納得のいかない母親はその後、「見せないのはおかしいのでは?」「なぜ見せないんですか?」と学校側に食い下がった。その数日後、校長から「見せました」と報告を受けたが、それだけだった。校長も顧問も、現在まで説明や謝罪などには訪れていない。

両親と兄に宛てた遺書は、A4の紙に丁寧な字で500文字ほど書かれていた。しかし、その遺書を校長は「メモ紙のようなもの」と地元メディアに説明している。校長らにとって、遺書はそれほど軽いものだったのだろうか。

生徒が亡くなっても、顧問は指導を続けた

さらに腑に落ちないのは、生徒が亡くなった後も顧問は活動を自粛することもなく、それまでどおりバレーボール部の指導を続けていたのだ。

両親は「自粛するべきではないか?」と校長に問うた。そうしてはじめて、「では、自粛するように言います」となったという。その後は、顧問は学校の授業はしているものの、バレーボール部の活動には参加していないと、両親は聞いているという。

校長は、顧問を姓ではなく下の名前で呼んでいる。「私は○○を信じています。前任校からは、彼なりに成長しているんです。やり直す機会を与えてやってください」と両親に願い出たという。さらに、「(顧問は当校在籍が)もう6年なので、次はバレーが強くない学校に異動させますから」とも話したという。

はたしてそれは、子どもを亡くした親に対して発してもよい言葉なのだろうか。

「息子の遺書をメモ紙と言ったり、顧問を信じていると言ったり。亡くなった生徒よりも、自分の部下(を守ること)ありきに見えてしかたがなかった」(父親)

こういった言動は、問題が起きた学校の長としていかにも不適切だ。

2012年12月に大阪市立桜宮高校バスケットボール部で顧問の暴力やパワハラを苦に17歳の男子部員が命を絶った事件を機に、スポーツ界と教育界は暴力根絶に舵を切った。昨今続くスポーツ界の問題に鑑みれば改革は道半ばと言わざるをえないが、その一方で、選手が次々と告発する姿に大きな変化を見る。

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