21歳「フェンシング女子」が描く2年後の進化 宮脇花綸がアスリートとして生きる決意
カジュアルな服装で約束の時間に現れた宮脇花綸は、こちらに向かって一礼すると、礼儀正しく「よろしくお願いします」と言った。
アジア大会での金メダル獲得のお祝いを伝えると、彼女は丁寧に「ありがとうございます!」と笑顔を見せる。その充実した表情からは何かをつかんだような自信が垣間見えた。
アジア大会で金メダルを獲得したフェンシング女子
今年8月、彼女はフェンシング女子フルーレ日本代表の一員として、4年に一度開催されるアジア大会(インドネシア・ジャカルタ)に挑み、団体戦で金メダルを獲得した。準決勝で宿敵の韓国、決勝で中国を破っての優勝は2020年の東京オリンピックやその先の未来に向けて強化・改革を進める日本フェンシング界にとって大きな弾みとなった。
「アジアの団体1位は、近いうちに獲れるという手応えを以前から感じていました。去年と今年のアジア選手権では、手が届きそうで届かなかった。8月のアジア大会でやっと獲れたという感じです」
宮脇は、平均年齢が若い今回のチームにあって、21歳ながら最年長。
誰に指名されたわけでもないが、自然とそのリーダーシップを発揮した。その急成長ぶりに、日本フェンシング協会の太田雄貴会長も宮脇への絶大な信頼を語る。
「団体戦での金メダル獲得は、彼女のリーダーシップが非常に大きかった。ここ最近、彼女のチームに対する献身は本当にすばらしいものがある。試合でポイントを数多く取ったというわけではないので、数字には現れないが、彼女がチームにいることで、勝てる雰囲気が生まれ、チームがまとまっていく」(太田会長)
当の本人は、フランス人コーチの通訳としての役割を担うことや、円陣の際に声をかけることはあったが、それ以外にキャプテンとして何かをしたわけではないと振り返る。
この言葉からも気負うことなく、自然体でアジア大会に挑み、精神的にも充実していた様子がうかがえるだろう。
今年2月、宮脇は、個人戦における自らの現状をこう話していた。
「ベスト32という見えない壁がある。」
その時の彼女の表情を思い返すと、何か浮上のきっかけをつかみはじめているようにもみえたし、見えない壁に苦しんでいるようにもみえた。
プラスの感情とマイナスの感情が同居しているような、自信と不安が入り混じっているような、そんな印象だったことを鮮明に覚えている。
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