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キャリア・教育 #「非会社員」の知られざる稼ぎ方

レイザーラモンRGがもがき達した無二の境地 「あるあるネタ」は偶然とハッタリで生まれた

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  • 村田 らむ ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター
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このままでは負けてしまう、と思った。

「ハッタリをきかせてのし上がらないといけないって思いました。

それで……うそをつくようになりました。」

夏休みが終わるとすぐに運動会があった。リレーに出場することになりタイムを聞かれたので、1秒早いタイムを言った。

「50メートル走で1秒はかなりのサバ読みですね(笑)。リレーではたまたまほかの走者がおそすぎて、うそはバレずにすみました」

音頭を踊るための太鼓をたたく人を募集していたのにも、

「前に太鼓やっていました」

と言って手を上げた。太鼓は50メートル走とは違い下手ならばれてしまう。うそがばれないようにかげで懸命に練習した。

「水泳のクロールもできなかったんですけど、クラスメートにスキを見せるのが嫌で、特訓して泳げるようになりました。

小学校4年の引っ越しは人生で一番の転機になりましたね。いじめられても閉じこもるんじゃなく『なめんなよ?』って頑張ったのが良かったと思います」

中学ではバレー部に入り、レギュラーになり県大会ベスト8に入った。

そして高校は進学校へ進んだ。

「高校ではメタルバンドを組んでいました。とにかくうまくなりたいと思って練習をしまくりましたね」

バンドメンバーのドラム担当の友人の家がお金持ちで、家を建て替えるときに屋根裏部屋を音楽スタジオにしてもらった。

そこに集まり寝食を忘れるほど頑張って音楽に打ち込んだが、あまりに熱中したせいで、バンドのメンバー全員が浪人してしまった。

「僕らが卒業した次の年から学校でのバンド活動が禁止になってしまいました。それは本当に申し訳ないと思いましたね。

1浪して、これ以上親に迷惑はかけられないので一生懸命勉強しました」

そして翌年には無事、立命館大学に入学した。

昼間は学生プロレス、深夜は漫画を描く生活

大学でも軽音部に入ろうかと思ったが、なんだかほのぼのした雰囲気で刺激がないと思った。

そしてほかのサークルを見学していると、リングを作って激しく変なことをしている人たちがいた。

「学生プロレスの人たちでした。モテようとして変なことをやっているのではなく、道を極めようと思ってやっているんだというのがひしひしと伝わってきました。プロレスは熱狂的なファンではなかったですけど、それでも入ることにしました」

大学はプロレス中心の生活になった。

そこには「世界最強になる」と公言してプロレスに打ち込む人など、刺激的な先輩たちがたくさんいた。

そんな先輩たちと、歩いて比叡山を目指したり、新興宗教団体の道場に突撃したりとさまざまな挑戦をした。

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【お笑いをやろうとは思ってなかった】

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