吉川英治のモンスター小説?! 身の丈6尺の"怪物"が暴れ回る一大スペクタクル

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実際、江戸城ならびに江戸城下での小源太の暴れっぷりは、シュワルツェネガーの『コマンドー』や『北斗の拳』のケンシロウに勝る凄まじさであり、完全に人間業を超えキングコングの域に達している。

ただ「種本には拠」らないとのたまう割に、吉川英治は他にも明治大衆文学の王者・黒岩涙香の傑作群という「種本に拠って」、いくつかこういった翻案を行っている。『燃える富士』(元ネタは『武士道』)、『牢獄の花嫁』(元ネタは『死美人』)、『恋ぐるま』(元ネタは『巨魁来(きょかいきたる)』)がそうした翻案だ。

ちなみに、もう一人の大衆文学の王、江戸川乱歩も黒岩涙香に決定的な影響を受けている。乱歩が最初に広義のミステリーの魅力に触れたのは、菊池幽芳『秘中の秘』と黒岩涙香『幽霊塔』であった。そしてスランプになった時の乱歩はしばしば、元々西洋大衆小説の翻案だった涙香作品の再翻案(『幽霊塔』『白髪鬼』『人間豹』)で窮地を切り抜けている(現在、『医龍』でお馴染みの乃木坂太郎は、『幽霊塔』を下敷きにした『幽麗塔』というマンガを連載している)。

死せる孔明ではないが、明治の偉大な新聞人である涙香は昭和大衆文芸に、そして平成マンガ業界にすら巨大な影響を与えているのである。

イマジネーションの豊かさ

話は、吉川作品に戻る。『燃える富士』、『牢獄の花嫁』、『恋ぐるま』といった作品は、元ネタの踏襲度合いに差はあれども、涙香を源にしている。

涙香が描く王政時代や王政復古を狙う陰謀団が跋扈する時代のフランスを舞台とした伝奇武侠冒険小説を江戸時代へ移し変えることは比較的容易かもしれない。しかし、「原始vs.文明」の『キングコング』からインスピレーションを得て、「剛毅な平家武士vs.惰弱な元禄武士」の壮大な伝奇時代小説を著してしまう吉川英治のイマジネーションの豊かさには驚かされる。

それでは『恋山彦』や『牢獄の花嫁』のような「焼き直し」を何度も行った吉川英治にはオリジナリティーがないといえるのかというと、決してそんなことはない。

そもそも先に挙げた彼の代表作(『新・平家物語』、『私本太平記』、『宮本武蔵』など)も、ことごとく史伝や元ネタがある。更に遡れば、シェイクスピアの作品は、殆ど全てが先行する元ネタを持っており、逆にネタのオリジナリティという点でいえば、シェイクスピアの完全オリジナル作品は数えるほどしかない。これをもってシェイクスピアは独創性が乏しいと非難する読者はいないだろう。

最近の北方謙三の『三国志』や『水滸伝』も然り。要はことわざと逆になるが、如何にして巧みに「古い酒を新しい皮袋に注ぎこむか」というテクニックの問題なのである。『恋山彦』は、『宮本武蔵』にも通じる道学者風の説教臭さを感じなくもないが、『キングコング』の大枠から大伝奇時代小説を創造した吉川英治のユニークなテクニックを存分に味わうことが出来る傑作だ。

ピランデッロの傑作戯曲『エンリコ四世』を超絶技巧で換骨奪胎し、『エンリコ四世』を越える神品『ハムレット』を仕立て上げてしまった久生十蘭と好一対、とまでいったらいくらなんでも誉めすぎになるだろうが、傑作は傑作。いずれにせよ、『恋山彦』はそれほど入手が困難ではない作品なので、吉川英治がインスピレーションを得た1933年版『キングコング』のDVD視聴と併せ是非ご一読頂きたい。

古書山 たかし 古書蒐集家

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こしょやま たかし / Takashi Koshoyama

書籍、レコードなどの稀少な出版物を蒐集しているうちに、家の中は資料の山。その整理をめぐって家族との論争が絶えないのだが、それでも蒐集の手を緩めることはない、情熱の人。出張の折などには、古書店めぐりを欠かさない。「古書山たかし」は、もちろんペンネーム。実は会社四季報にもその名前が掲載されている上場企業の経営者だが、その正体はヒ・ミ・ツ。もちろん社業を軸に据えているので株主の皆様、ご安心ください。

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