「忘れられた国際条約」が果たした大きな役割 「旧世界秩序」は「新世界秩序」に転じた
同時に、2016年6月のEU脱退を決めたイギリスの国民投票(BREXIT)と11月のアメリカのトランプ政権の登場を機に、世界におけるポピュリズムとナショナリズムの潮流が一気に先鋭になってきた。
しかも、トランプ大統領の既存秩序に対する破壊衝動は、アメリカの経済、社会、政治の地すべり(ディスロケーション)から生まれており、一過性と見るべきではない。アメリカはもはや、国際政治における確固とした安定勢力ではなく予測しにくい不確実な変数になりつつある。
一方、中国はアメリカを抜く世界パワーとして台頭することを国家目標に据え、世界秩序を自らの秩序観になぞらえて彫刻することを夢見ている。
ただ、現時点では、アメリカの支配秩序に挑戦しても自らの希求する世界秩序構想を示してはおらず、それを形成する意思と能力を欠いている。当分の間、中国はルール・テーカーには満足できないが、ルール・メーカーとしての責任は負わない不安定要素であり続けるだろう。
米中の思い描く世界秩序観は今後、衝突する可能性が強い。おそらくそれが不戦条約を起点とする「新世界秩序」にとって最大の挑戦となるだろう。
その中で、日本は戦後最大の挑戦に直面している。
日本は、戦後、「旧世界秩序」と決別し、「新世界秩序」の建設者として出直した。
平和憲法と民主主義、日米同盟、GATTを軸とする戦後の体制は日本の再建と発展をもたらした。戦後と冷戦後の「長い平和」は、日本がグローバル・シビリアン・パワーとして台頭する国際環境を生み出した。
戦後70年の節目に、安倍晋三首相は、「内閣総理大臣談話」(2015年8月14日)を読み上げた。
「満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、しだいに、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした『新しい国際秩序』への『挑戦者』となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました」
「先の大戦への深い悔悟の念とともに、わが国は、そう誓いました。自由で民主主義的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります」
ここでのメッセージは、明瞭である。
不戦条約を分岐点とする「新しい国際秩序」、つまりは「新世界秩序」を理解せず、その挑戦者となったことが結局は戦争への道を選んだ、と反省する。
そして、これからも、自由で民主主義的な国を創り上げ、法の支配を重んじる「新世界秩序」の建設者として国際社会に臨む。
しかし、これからの「平和国家」としての歩みは、「新世界秩序」に対する深刻な挑戦を覚悟しなければならない。
どのような理念と、いかなるパワーと、どれほどの意思をもって、どのような国々と、世界秩序と地域秩序をつくっていくのか。ルールと規範づくりに臨むのか。
Rule shaperになる
2018年6月、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、ドイツ下院での議会答弁で、日本とEUの経済連携協定締結に関連して、「日本の役割は、とても建設的である」とした上で、日本を「戦略的パートナー」と呼び、日本との包括的により密接に協力していく必要性を強調した。
また、その後訪日したドイツのハイコ・マース外相は、日独の中程度の規模では、バラバラにやっていては世界の舞台でルール決定者(rule makers)になるのは難しい、かといって日独はルール追随者(rule takers)の地位に満足してはならない、と述べたうえで、日独が力を合わせることで、国際秩序を企図し前に進めるルール形成者(rule shapers)のようなものになることができるとし、日本に共闘を呼びかけた。
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