北朝鮮の「通常兵器」はどこまで進化したのか 軍事パレードに登場した兵器を分析

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しかし、パレードで披露される兵器には、裏付けとなる開発計画が実際に存在する。確かに、北朝鮮がイスラエルのスパイクNLOSと同等の威力を持つ対戦車ミサイルを本当に手にしているかどうかという点については議論の余地があるだろう。ただ、北朝鮮がこのような兵器を開発することなどできるはずがないと高をくくっているようだと、現実を見誤ることになる。

韓国がスパイクNLOSを導入し、北朝鮮から砲撃を受けた延坪島に配備したのは偶然ではない。朝鮮人民軍は新型の対戦車誘導ミサイルを大量に実戦投入する体制を整えつつあるとみられ、機甲戦における米韓の優位性が急速に揺らぐおそれが出てきているのだ。

ICBMなき中、戦闘車両の最後を飾ったのは…

また、海に溶け込む青系の迷彩と巨大な4連装ミサイルを備えた沿岸防衛用の車両も見逃せない。これは2017年4月の軍事パレードで初登場したものだが、朝鮮人民軍の戦艦に備えられているのと同じ対艦ミサイル「クムソン(金星)3」を搭載する。クムソン3の射程は長く、機動性も高いため、敵艦に対して高度な攻撃を仕掛けられるようになる。従来、北朝鮮がこのような軍事技術を持ち、しかも国内で開発・生産できる能力を備えているとは考えられていなかった。クムソン3のような対艦ミサイルの存在は、北朝鮮の戦艦攻撃力が別次元に突入したことを示している。

「クムソン(金星)3」を搭載した戦車(写真:北朝鮮ニュース)

ICBMなき今回の軍事パレードで戦闘車両の最後を飾ったのは、戦略地対空ミサイルシステム「ポンゲ(稲妻)5」だ。これは2000年代から開発が続けられている防空システムで、ソ連が生み出した恐るべき「S-300 PMU」地対空ミサイルおよび、その改良版である「S-300 PMU1」をベースとしている。開発課題はまだいくつも残っており、朝鮮人民軍が全面的に導入できるようになるまでには、まだしばらく時間がかかりそうだ。

ただ、ポンゲ5の開発は北朝鮮の防空能力全般を大きく引き上げる可能性を秘めている。北朝鮮にとってポンゲ5はソ連時代の古くさい設計から離れ、現代的な技術で開発した唯一の地対空ミサイルだ。したがって、同ミサイルの開発過程で得られた技術的な知見は他の兵器開発にも幅広く応用されてくるに違いない。

戦略地対空ミサイルシステム「ポンゲ(稲妻)5」(写真:北朝鮮ニュース)

今回の軍事パレードをただぼーっと眺めていた人は、不気味なICBMが登場しなかったことに一安心しているかもしれない。もちろん、ICBMが姿を見せなかったことに安堵するのは悪いことではない。しかし、その他の通常兵器に表れた脅威の深化を見逃すようなことがあってはならない。

北朝鮮は表向き米韓に気を遣っているように振る舞っているが、今回の軍事パレードには従来と同じ暗黒のメッセージを陰に陽にと埋め込んできている。「アメリカの帝国主義を粉砕せよ!」とのスローガンが北朝鮮の兵器開発から消えたわけではないのだ。

現在の融和路線が崩壊し、和平に向けた外交努力が崩れ落ちた場合には、本稿で見てきたような新鋭の通常兵器が真っ先に実戦投入され、大量の命が犠牲となる可能性は大いにある。だからこそ、核兵器やICBMだけでなく、すべての兵器開発状況に満遍なく目を光らせておかなければならないのだ。

(文:ヨート・オリーマンズ)

筆者のヨート・オリーマンズ氏は軍事問題について執筆しているフリーのジャーナリスト兼アナリストでオランダを拠点とする。スティン・ミッツアー氏はオランダのアナリスト兼ブロガーで、軍事情報会社IHSジェーンズの媒体などに寄稿している。ともに朝鮮人民軍に関する著作を執筆中。
「北朝鮮ニュース」 編集部

NK news(北朝鮮ニュース)」は、北朝鮮に焦点を当てた独立した民間ニュースサービス。このサービスは2010年4月に設立され、ワシントンDC、ソウル、ロンドンにスタッフがいる。日本での翻訳・配信は東洋経済オンラインが独占的に行っている(2018年4月〜)。

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