10代後半で母に打ち明けたときに「忘れなさい」と言われ、それからしばらくは、記憶を閉じ込めて生きた。目の前の仕事に打ち込み、性暴力のニュースや連想させるような表現はシャットアウトした。当時のスケジュール帳には怖いぐらいに予定がびっしりと書き込まれている。ただ幸運なことに、なんとなく始めてみたフラワーデザインの仕事は天職だった。
「フラワーショップで働き始めてすぐの頃に、『彼女とけんかしてしまったから仲直りのために花を贈りたい』と若い男性が来たんです。当時の私は恋愛のことなんて全然わからなかったけれど、花言葉を調べたり、その彼女の好きな色を聞いたりしながら一生懸命花束を作りました。そうしたら次の週に、仲直りしましたって彼女と一緒に来てくれたんです。今でも涙が出るぐらい、そのときのことはうれしい。ずっと続けていこうという気持ちになりました」
言葉にできないことを花で表現するのは、自分が満たされる体験だった。日本で取得できるフラワーデザインに関する資格をほぼ網羅した頃、ドイツへの留学を決めた。大学へ行けなかったエリさんのために、母は留学費用を出してくれた。
個人の気持ちを尊重してもらえるドイツでの暮らしは性に合っていたという。自分の過去を詮索されない環境にも後押しされて、ドイツでも資格を取り、働いた。
「ここにあるマテリアルをなんでも使っていいから、エリの好きなように作品を作ってみて。それに値段をつけて売るから」
上司からそう言ってもらえる職場で技術と自信を身に付け、ドイツでの暮らしは約3年間続いた。
「なぜ通報しない」と怒ってくれた同僚
エリさんは言う。
「実は、ドイツでも性暴力の未遂に遭っているんです。でもその記憶は日本での事件と全然違う。その理由を含めて記事に書いてほしい」
エリさんを襲おうとしたのは、アパートの隣部屋に住んでいた男。ある日、帰宅したところを待ち伏せしていた。下に住んでいた大家が気づいて止めに入り、男はその日のうちにアパートを追い出された。
「次の日、仕事を休んでいたら同僚が心配して来てくれたので、休んだ理由を打ち明けたんです。そうしたら同僚がすごく怒った。犯人のことはもちろんだけど、大家さんに対しても怒ったんです。なんで警察を呼ぼうとしないんだ、エリが外国人だから差別してるんじゃないのかって」
エリさんからしてみれば、犯行を止めに入り、ただちに男を追い出してくれたことだけでもありがたかった。それでも同僚は怒って大家に苦情を言い、「こんなアパートじゃダメだ」と、代わりの住まいを見つけてきてくれた。
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