ドイツがECB総裁より欧州委員長を望むワケ メルケル首相の方針が変わった

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金融危機後の政策運営に関し、事あるごとに反意を示してきたバイトマン総裁(やその前任のアクセル・ウェーバー総裁)だが、彼らの胸中はどうあれECBの代理人として最も多く国債を購入してきた中央銀行がブンデスバンクであることに変わりはない。また、金融政策という枠にとどまらなければ、欧州安定メカニズム(ESM)やその前身の欧州金融安定ファシリティ(EFSF)もドイツの保証がなければその規模は著しく損なわれるものであった。

だからこそ、通貨ユーロの番人であるECBの「顔」にドイツ人が就くことがふさわしいという点について、異論は多くないだろう。「筋論からいって今度こそドイツ」というシンプルな落としどころに市場参加者も納得していたと思われる。

しかし、である。次期ECB総裁の主たる任務は、高い可能性で「正常化プロセス」ではなく「不況への対処」となりそうである。

ドラギECB総裁を例に取れば、2011年11月に就任し、初っぱなからいきなりサプライズ利下げと36カ月物長期流動性供給(合計約1兆ユーロの供給)を決定し、それ以降、実に今年1月までの6年2カ月間は緩和の強化ないし維持にいそしんできた。

今年3月にようやくフォワードガイダンスにおける緩和バイアスを削除するに至り、6月に拡大資産購入プログラム(APP、いわゆるQE〈量的緩和〉)の年内終了を決定した。現状では2019年9月に利上げに踏み切れるかどうかが注目されているが、そのとおりになったとしても2期8年のうち2割程度しか「引き締め方向」の政策運営に関与できなかったことになる。もちろん、危機の最悪期にバトンタッチされたという不運もあるが、それだけ伸びきった緩和路線を次期総裁はそのまま受け継ぐことになる。

ECBは引き締めを順調に進められないという読み

また、今年ようやく正常化プロセスに舵を切ることができたのには、アメリカ経済が好調だったという大前提があった。しかし、来年中にはアメリカの政策金利であるFF(フェデラルファンド)金利の中立金利(景気を熱しも冷ましもしない金利)への到達が確実視され、景気が減速することも予想される。2019年11月にバトンを受け取る次期ECB総裁が順調に引き締めを続けられる公算は小さい。

そのような局面でタカ派的な姿勢の若きドイツ人総裁が政策理事会を円滑に運営できるだろうか。外野から見てもそうとう厳しそうである。少なくとも危機時に辛酸をなめさせられた南欧諸国はおそらくよい顔をしないだろう。

こうした状況下、メルケル首相からすれば仮に欧州委員長を第1希望に据えて、これに失敗したとしても、並行するECB総裁レースにおいてポストを取れば、「欧州委員長を譲った」という体裁を取れるようになる。そもそもECB総裁レースは南欧の支持が取り付けにくいのだから、こうした戦略は賢明と考えられる。

なお、2019年2月ごろにはECBのチーフエコノミストであるピーター・プラート理事の後任を決めなければならず、ここでバイトマン氏かレーン氏のいずれかが選ばれ、残った方がECB総裁という下馬評があった。しかし、フランスが欧州委員長に執心しているとすれば、ドイツに譲った結果、今度は「ECB総裁がフランス、欧州委員長がドイツ」ということもありうるのだろうか。

いずれにせよ、メルケル首相の変心を報じた独紙の報道が事実ならば、これで来年5月の欧州議会選挙の持つ意味がドイツにとってひときわ重要になる。欧州議会の各会派が指名候補者を決定するのは今秋であるため、ここでEPPから有力なドイツ人候補が挙がるようであればバイトマンECB総裁の芽はほぼなくなったとの見方が勢いを増すだろう。なお、今秋にはECBのQE縮小スタート、イタリアの来年度予算審議スタート、ブレグジット交渉期限の到来などが予定されており、欧州からとりわけ目の離せない時期となりそうである。

※本記事は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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