日本人の「過剰適応」こそ、現代社会の象徴だ 池上彰×丸山俊一「資本主義の闇」対談<下>

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丸山:たしかに、もう成長しなくていいというのが富裕層の傲慢だという考え方もわかりますし、僕もそんなつもりはありません。そこでチェコの経済学者トーマス・セドラチェクさんの意見がひとつの議論のきっかけになるかもしれませんね。彼も資本主義はもちろん肯定していますが、社会主義を経験している人々にとって、資本主義は自由を実現するためのツールだと言うのです。

丸山俊一(まるやま しゅんいち)/ NHKエンタープライズ 番組開発エグゼクティブ・プロデューサー。1962年長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。「英語でしゃべらナイト」「爆問学問」「ニッポンのジレンマ」「人間ってナンだ?超AI入門」「ネコメンタリー」他、異色の番組を開発し続ける。早稲田大学、東京藝術大学で講師を兼務。著書に『結論は出さなくていい』(光文社新書)他 。「BS1スペシャル『欲望の資本主義』制作の舞台裏」をNHK文化センター梅田教室にて9月15日(土)13時より講演予定(撮影:梅谷 秀司)

総合的に社会体制、文化、民族性、歴史なども踏まえて考えた場合、市場とのつきあい方、資本主義とのつきあい方は考えなくてはならない――つまり、資本主義というものは、そもそもどの国でも同じ数式で説明されるようなものではないのではないか、という疑問が生まれてきます。では、日本的な資本主義のありようとは? さまざまな思考の枠組みの可能性も含めて考えたいところです。

池上:日本的資本主義というものは、やはり、いずれリタイヤした時に、立ち止まって来し方を振り返り、「ああ、いい働き方をしてきたな」「失敗はあったけどトータルとして悔いはなかったよね」と思えるかどうか、ということだと私は思います。

本当にすべてを投げ打って働いてきて良かったよね、とはなかなか思えないはずです。後になって、もっと人間的に生きれば良かったと思うでしょうし、あるいは、人間的に働く中でも、忖度をしたりルールを破ったりしてまで出世の道や自分の身を守ったりして、結局、会社人生が終わった時に、忸怩たる思いが残るのではないでしょうか。思うに、忖度するというのも過剰適応ですよね。過剰適応は、現代社会の象徴的な出来事だと思います。

私はまず、仕事終わりに同僚と酒を飲むのはやめたほうがいいと思っています。大きなプロジェクトを成し遂げた時の打ち上げならいいけど、日常的になると、生産性のない社内話ばかりになってタコツボ化してしまいますから。あとは、やはり本を読むということですよね。それも、仕事に関係のない本を読むということを少しでもやっていくことだと思います。自分の職場の中だけの人間関係で、自分の仕事に関連する本ばかり読んでいてはダメですよ、と。

ジャンルを広げるとつながりが見える

丸山:池上さんは、ご著書『知の越境法』のなかでも取材の方法として、「緩やかな演繹法」を提唱されていますね。「捨てるべきハシゴ」としての仮説を持ちながらも予定調和に終わらず、現場での発見を取り込む方法論です。僕もそうした考え方に、多々共感するところがありました。

実は僕は、科学番組、情報番組などとジャンル分けされるのが苦手なんです。映像制作は、さまざまな要素、映像がどうつながってもいい、その意外性に面白さがありますし、見る方によって、学び、楽しみ、感動、発見……、どんな見方をしていただいてもいいということも醍醐味だと思っています。

実際、常に番組を作るプロセスそのものが学びになっています。いまも資本主義に限らず、民主主義や哲学を題材とする他、猫と作家のドキュメントである「ネコメンタリー」、「人間ってナンだ?」がモチーフのAI入門番組、「地球タクシー」という海外紀行番組など、一見さまざまなジャンルに携わっていますが、いずれもどこかでつながっている感覚があります。ジャンルを広げれば広げるほど、実はそれが地下水脈でつながっている……、共通する同時代性も感じられるわけです。

こうして本を出させていただいたことによって、勉強会などでも、さまざまな異業種の方とお話させていただく機会が得られることも、いろんな場所に自分を晒すことで、いろんなリアクションが出てくることも非常に大事なんですね。番組の企画開発にも役立っています。社会的にも副業規定が緩やかになっているように、皆さんそれぞれ自然な形で無理することなく自分の興味関心で結びつき、広がる場所を作っていける社会のあり方を願っています。

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