経済学者が経常収支について発言する際には、赤字が必ずしも悪というわけではないということを力説しようとするあまり、大幅な経常収支赤字の持続可能性について、少し楽観的な論調になりすぎていることが多いように思える。
経常収支赤字の持続によって対外債務が増加してしだいに債務返済ができなくなる危険性が高まれば、投資家が経常収支赤字国への投資に慎重になっていくので、変動相場制の下では通貨が下落して経常収支をバランスさせる力が働くと考えられている。これも、楽観視される一因だろうか。
しかし、このようなメカニズムが危機的状況になる前に十分働くとはかぎらない。むしろ歴史を見ると、対外債務が累積することの危険性は認識されながらも過小評価されがちで、何かのきっかけで多くの投資家が一斉に危機回避行動を取るために、一気に問題が表面化して通貨危機に陥るということがしばしば見られる。1997年のアジア通貨危機もそのよい例だ。
米ドルに対して各国通貨の為替レートが固定されるという固定相場制が採用されていたブレトンウッズ体制では、国際収支に基礎的な不均衡が生じた場合には調整が認められており、それによって収支の不均衡が解消されるという仕組みになっていた。ただ、実際には為替レートの調整はめったに行われなかったために不均衡の解消が遅れて問題が起こった。
変動相場制下でも為替の調整機能は働きにくい
ニクソンショック(1971年)を経て主要通貨が変動相場制に移行した際には、為替相場が変動するので国際収支の不均衡がスムーズに調整されるようになると期待された。しかし、実際には変動相場制採用後も国際収支の不均衡が為替レートの動きでうまく調整されるということは実現しなかった。
主要通貨が変動相場制へ移行して約10年が経過した時点で、当時の経済企画庁が発表した1983年の「世界経済白書(年次世界経済報告)」は、期待されていた機能として、「①海外の経済的諸条件の変化の影響をしゃ断する。②国内経済政策運営の自由度を増す。③国際収支の不均衡を為替相場の変動によって、スムーズに調整することができる」という3つを挙げ、「当初期待された変動相場制の諸機能は、必ずしも十分にその効果を発揮しなかったようである」と評価している。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら