万年筆老舗、「逆転の発想」で挑む生存競争

「使い捨てでないこと」がこれからの強みに

人気が再燃している万年筆(写真:プラチナ万年筆)

1919年(大正8年)に設立され、今年創業99周年を迎えたプラチナ万年筆。文具メーカーが群雄割拠した戦前に、万年筆にこだわりながら、その品質と販売手法で頭角を現した。戦後も技術革新をリード、高度成長の時代に全盛期を迎える。しかしその後、長い斜陽の時代に突入。その間もものづくりへのこだわりを捨てず、いま再び世界的な万年筆ブームの中で勢いを増している企業だ。

創業早々、海外に進出

創業者の中田俊一氏が岡山で万年筆の商売を始め、東京上野に中屋製作所を創立したのが1924年(大正13年)。現在の万年筆が発明されたのは1883年で、直後に日本でも輸入販売されるようになり、同社の創業期にはすでに国産化に成功したメーカーがいくつかあった(今はもう存在しない)。

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中田氏が掲げた製品コンセプトは「高級品にして、大衆を狙う」というもの。舶来品や先行した国内大手に追いつくべく品質向上を重ね、市町村役場や官公庁へお願い状とともに1ダース送りつけるいささか強引な販売手法で一気に軌道に乗せた。大正末期から昭和初期にかけては主要な専門店、百貨店を押さえ、シンガポール、香港、バンコクなどへも輸出していたという。

太平洋戦争中は別会社で海軍の零式戦闘機組み立てに携わり、ノルマ以上の生産性を示した一方、工場の屋上で徴用対象外の高齢者と職人の妻たちによる万年筆生産を続行する。在庫の部品があったからというが、おそらく飛行機生産の名目で調達した“余剰物資”もちゃっかり利用したことだろう。そこまでしながらも、万年筆は公定価格が定められており、採算は取れない状況だった。意地でも万年筆を作り続けるという執念が感じられるエピソードである。

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