カクヤスを「酒販の王者」にした3代目の手腕

23区をカバーする「1.2km商圏」戦略で席巻

ピンクの看板が目立つ、カクヤスの店舗(写真:カクヤス提供)

ピカピカの蛍光ピンクの看板が目印の「なんでも酒やカクヤス」。店舗では配達用リヤカーが次の注文を待っている。お酒の宅配サービスによって、業界ナンバーワン酒販企業となったカクヤスだが、実は創業97年の老舗だ。大正10年(1921年)、関東大震災から遡ること2年、カクヤスは東京で産声を上げた。

年商1000億円の「カクヤス」、はじまりは小さな町の酒屋

新潟出身の初代社長佐藤安蔵氏が、現在の東京都北区豊島で始めたのは「カクヤス酒店」という小さな酒屋だった。第二次世界大戦の最中、昭和20年(1945年)2月19日、空襲により、豊島地区は壊滅。店が焼けたため、より駅に近い場所に移転して店を始めた。

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地元で親しまれていたカクヤスだったが、当時は事業を拡大させるのは難しい時代。当時、酒類販売業界は国税庁の厳しい監督下に置かれていたからだ。酒税を安定して徴収するために販売免許制を敷き、廉価販売にも否定的だった。

加えて、業界には互いに価格競争に持ち込まないという暗黙の了解があり、値引きで集客することは難しかった。そこで2代目社長・佐藤安文氏は近所の酒屋との軋轢を生まないよう、自店から遠い銀座に営業攻勢をかけたが、急拡大は叶わなかった。

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