カクヤスを「酒販の王者」にした3代目の手腕

23区をカバーする「1.2km商圏」戦略で席巻

カクヤスがその名を知られるようになったのは、3代目の佐藤順一現社長になってから。佐藤社長が入社した1981年当時、従業員15人ほどにトラック6台、年売上高7億円ほどの中小酒販店だった。「汚いトラックで配達するのは魅力的に思えず継ぎたくなかった」と佐藤社長は振り返る。しかし、筑波大学を卒業する直前の2月に「しかたない」とようやく継ぐことを決心した。酒販店の跡取りはいったんビールメーカーで修行することが多いが、直前すぎて間に合わずそのままカクヤスに就職した。

大学卒の佐藤社長は異色の存在。入社してからは遊ぶ暇もないほど働いた。早朝5時に出社して、深夜に入った飲食店からの注文の留守電を聞くのに2時間、伝票を書くのに2時間、9時に出社してきた社員とトラックに荷を積み、夕方まで配達、夜から飲食店の集金……。睡眠時間を削った生活が10年も続いた。

バブル景気が到来すると、新しくオープンした飲食店やクラブに営業攻勢をかけ新規顧客を次々と獲得、売上高を拡大した。だが、バブルが崩壊すると、潰れたのはバブル期にオープンした飲食店ばかり。「不良債権を作るために営業をしてきたような皮肉な結果となった」(佐藤社長)。売上高は徐々に下がり赤字転落が見えてきた。

バブル崩壊後に消費の冷え込みに対応して低価格指向が強まると、家庭向けに毎日安売り価格で酒を販売するディスカウントストアが時代の寵児となった。カクヤスも1992年に「スーパーディスカウント大安」をオープン。だが、ライバルのディスカウントストアが大量陳列・大量販売するために広大な敷地を有しているのに対し、カクヤスの敷地は40坪ほどで狭いうえ車が出入りしにくい悪立地であった。現在でも酒販免許は「販売場ごと」に取得する必要があり、その場所でしか営業ができない。免許取得が規制されていた当時は、出店場所を選ぶことは基本的にできなかった。

お客さんが車で来られないなら、直接届けるしかないと、近隣の有料宅配を始めた。自転車だと商圏は1キロだろうと、コンパスで地図に円を描くと近所の大きな団地の3分の1が圏外になってしまう。団地をすべて配達範囲にすると1.2キロになった。これがのちのカクヤスの「1.2キロ商圏モデル」の原型となった。

宅配を強みに事業拡大

カクヤスにとって大きなターニングポイントとなった出来事がある。2000年、それまでディスカウントストアで低価格戦略をとっていたのを、より「宅配」の付加価値を高めた戦略に転換させたことだ。

きっかけは、佐藤社長の「このままではカクヤスは潰れる」という危機感だった。酒販業界を取り巻く環境は劇的な変化を見せていた。1つは、酒のマーケットが1996年をピークに縮小を始めたこと。ビールメーカーは生産設備に巨額の投資をしているため、売り上げが落ちれば利益を確保するために販促費を削減する。酒販店もその煽りを受け、ディスカウント価格での販売ができなくなった。

2つ目は、酒販免許の規制緩和が1998年に閣議決定されたことだ。1938年に酒類販売が免許制度になって以降、距離基準や人口基準での強い規制により、免許発行が制限されてきたが、2003年の人口基準廃止で酒類小売業免許は原則自由化され、大手スーパーやコンビニが参入してくることになった。

低価格戦略が取れない中、スーパーやコンビニにどうやったら勝てるのか。考えた末に思いついたのが「宅配」。だが、普通の宅配ではすぐにまねをされてしまう。スーパーやコンビニが大手運送会社とタッグを組めば勝つことができない。

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