現場軽視の危機対応、みずほ激震は収まらず

緊急部長会の説明も表面的。危機打開の道は遠い

ワンバンク化までの混乱

今回、問題となった提携ローンは、2004年7月に、みずほ銀行と信販会社のオリエントコーポレーション(以下、オリコ)による包括業務提携に基づいて編み出された。当時、オリコは不良債権処理、経営再建の最終場面にあり、その一環として、伊藤忠グループによるオリコの優先株式引き受けをみずほは実現させていた。

みずほ自身が引き受け先とならなかったのは、みずほグループも公的資金返済などが迫り、余力が乏しかったためだ。そこで伊藤忠の協力を得たわけだが、その際、伊藤忠から求められたのが「みずほグループがオリコを支援し続ける証し」(みずほ関係者)を示すことだった。それに対して、みずほグループが急ピッチで作り上げたのが包括業務提携にほかならない。

ところが、その後、オリコは再び巨額赤字に陥った。そこで、みずほは業務提携をいっそう加速させ、オリコを支援した。そして10年9月には、オリコを持ち分法適用会社とする。

これと前後して、みずほはオリコとの提携ローンの調査に乗り出した。その時点で、230件強の反社会的勢力との取引の存在を把握し、11年2月には、みずほ銀行(西堀利頭取、当時)のコンプライアンス委員会、取締役会に資料として配付された。にもかかわらず、オリコに対して買い取り請求(オリコによる代位弁済)という処理をせず、棚ざらしとした。

なぜ、そのようなミスを犯したのか。推測するしかないが、その直後、みずほは発足時に続き、2度目の深刻なシステムトラブルを引き起こしている。これによって反社会的勢力との取引を解消することの優先順位が極端に下がってしまったことは容易に想像がつく。

システムトラブルの責任を取って同年6月には西堀氏が辞任。トップ交代で事態収拾を図ろうとした。

しかし、金融庁は厳しい姿勢を見せた。母体3銀行(第一勧銀、富士、興銀)の確執が根強く、ガバナンスがきちんと働かないことがシステムトラブル発生の根本原因との考えの下、みずほ2行を合併するようプレッシャーを掛け続けた。これに対し、みずほ側は防戦意識を強めたものの、最終的には陥落。金融庁のシナリオどおり、ワンバンク化へと舵を切らざるをえなくなった。

つまり、問題取引を放置し続けた2年間は、システムトラブル、ワンバンク化のプレッシャーの中にあり、「経営判断が働きにくい2年間だった」(みずほ関係者)。

13年に入ると、みずほ内部ではワンバンク化に向けた幹部ポストの大幅削減の動きが具体化する。ポストが少なくなれば、幹部たちは銀行外に転出するしかない。旧銀行の人事ラインは崩壊し、ポストも失われる中で、みずほの幹部たちは「否応なく、内向き思考になってしまった」(同関係者)。

ワンバンク化で実力者にのし上がったのが佐藤氏だ。今年7月、みずほ銀行とみずほコーポレート銀行を統合し新みずほ銀行が誕生するとともに、みずほフィナンシャルグループの佐藤社長が銀行の頭取も兼務することになったからだ。以後、みずほ幹部は、望んでいなかったはずのワンバンク化について「私たちも統合を望んでいた」と言い放つようになる。さらに佐藤氏をあがめ奉るようなムードさえも強まっていった。

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