21世紀の太宰治、その言葉はSNSで「拡散」する 熱狂的な信望者とアンチを生み出した作家

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ところで昨年、仕事で『走れメロス』を中学2年生と一緒に読む機会があったのだが、そのとき少なくない生徒が、「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを!」と叫んで川を渡るメロスを指して、「中2病だ!」と言っていた(中2が「中2病だ!」と指摘するのもおかしな話だが)。メロスに限らず太宰作品の人物たちは、その自意識過剰で大仰な振る舞いが、中2病的に見えるらしい。

過剰に他人を気にし、妙に演技的になってしまうのは、たしかに太宰作品の人物たちによく見られる性質だ。そして、それはなにより、さまざまな人間関係のなかでキャラを演じ分けてしまう、SNSの普及した現代を生きるわたしたちにも見られる性質かもしれない。木村さんは、次のように言う。

ツイッターのアカウント「太宰治bot」のフォロワー数は6万3000人以上。日々、太宰の言葉がリツイートされている

「これからの世代は、生まれたときからタブレットがあって、個人アカウントをたくさんもっていて、SNSの発信の場もいくつもあります。例えば、ツイッターとインスタグラムとフェイスブックをやっていたら、それだけで3つの人格をもっていることになりますよね。わたしは太宰に救われた人間なので(笑)、『違ってもいいんだ』ということでやってこれています。でも、使い分けて当然という世代になったとき、太宰はどう読まれるのか。『太宰、なに当たりまえのこと言っているの』で終わることはないと思います。なぜなら、わたしたちはアカウントの数ほど文章と向き合わなくてはならないからです。わたしたちは結局、アカウントごとに言葉と自分に向き合うことになる。そのときに太宰治の作品を読むと、なにか大事なものに気づくのではないでしょうか」

言葉によって着飾り、言葉によって苦しんだ

わたしたちは、言葉を使ってコミュニケーションせざるをえない。それは、SNSの場合でも一緒だ。言葉によって着飾り、また、言葉によって苦しんだのが太宰治という小説家である。自分の思いは言葉でしか表現できない。でも、その言葉は自分の思いとは違ったかたちで伝わってしまう。だからまた言葉を発する。その必死さが滑稽であり、愛おしい。まるで、SNSでもがいているわたしたちのようだ。

太宰に希望を見てしまうとすれば、それは、その作品が、その言葉が、現在も読み継がれているということ。あるときは同情とともに、あるときは笑いとともに、あるときは感動とともに、好き勝手に読まれ続けているということが、現代を生きるわたしたちの希望である。木村さんは言う。

「リツイートなんですよね。太宰作品に共感した人が、自分の言葉のように自分のタイムラインに乗せているんですよね。まるで自分の身に起こったことのように。太宰の言葉が、その人の人生に組み込まれているんです」

わたしたちは、自分の思いとは無関係にリツイートされ、拡散されていく言葉に悩んでいる。ただし、本人の思いとは無関係にリツイートされていく言葉のように、没後70年を迎えた現在も、太宰作品は好き勝手に読まれ、拡散され続けている。

矢野 利裕 批評家、ライター、DJ

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やの としひろ / Toshihiro Yano

1983年東京生まれ。2014年『自分ならざる者を精一杯に生きる』で群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。著書に『ジャニーズと日本』『SMAPは終わらない』、共著に宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と一九九〇年代』など。

 

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