平成は「自己否定と変身願望」の30年間だった 自家撞着の改革をやめて「土着の知」に戻れ

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:結果として、日本人が頭で考えて改革すればするほど、つまり個人主義的な改革を意識的にやればやるほど、動機づけや感情をかき立てる基盤を壊してしまい、多くの人にとって元気が出なくなってしまうという現象が起きているのではないか。

日本人の現状否定願望

佐藤健志(以下、佐藤):社会心理調査の事例にしても、「個人主義的な回答をするのが〈正解〉だ」という意識があるのかもしれません。人間はしばしば、社会的なタテマエ、ないし自分がそうだと思っているものに合わせて振る舞いますから。本当は「プロジェクトX」のほうが感動できるのに、人前ではつい「あれは昭和っぽくてベタだよ、『プロフェッショナル』のほうがいいよ」と言ってしまうようなものです。

「コーラスライン」という傑作ミュージカルをご存じでしょうか。この作品が日本で最初に上演された際、稽古にかかわったオリジナルのスタッフが驚倒したという逸話が残っています。主題歌「ワン」を、4列になって踊る見せ場があるんですが、列そのものが重なってくるように振り付けられているので、全員が身体の角度をすみずみまでピッタリそろえないと、ぶつかりあってケガをしてしまう。ブロードウェイでは演出家が天井に陣取り、ああだこうだと指示を出して、1週間かけてようやく仕上げました。

ところが日本版のキャストは、問題の振付を1日でマスターしたのです。で、「信じられない、どうして君たちはすぐにできたんだ?!」。

集団主義が好きで、居心地のよさを覚え、ちゃんと結果も出せる。にもかかわらず、その状態を否定しようとする。ここまで来ると自虐です。

中野 剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2005年に同大学院より博士号を取得。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(ともに集英社新書)、『国力論』(以文社)など(撮影:今井 康一)

中野剛志(以下、中野):日本人は現状否定願望、変身願望が異常に強いんじゃないでしょうか。平成はバブル崩壊をきっかけにその自己否定を本気で実現しようとした時代で、それによって日本そのものが拒食症のようになって憔悴してしまった。ニーチェではないけれども、回復しようとして、かえって憔悴を早める処方箋を選んでしまったのですね。

佐藤:〈居心地の良い状態に安住したり、得意なことに頼ったりしてはいけない〉という思い込みが強いのでしょう。それらを捨て去るときに感じる抵抗感や苦痛こそ、レベルアップのために乗り越えるべき壁であり、「逃げちゃダメだ、耐えて成長しなければいけない」と言い聞かせることに快感を覚える。

小泉総理が唱えた「痛みを伴う改革」など、その最たるものです。改革の必要があるとしても、痛みなんて、なしで済ませられるものなら、ないほうがいいに決まっているじゃないですか。ところが「痛みを伴う」がつくと、「おっ、これは本物だ」という話になる。

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