骨太方針から「数値目標」が削除された真意 「3年で1.5兆円増に抑制」はこうして消された

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結局、執筆時点では、「3年間で1.5兆円」という数値目標では折り合わず、かといってそれより緩い数値目標を設けることもなく、新たな財政健全化計画では数値目標は盛り込まないことになりそうである。

5月23日に、麻生太郎副総理兼財務大臣に手交された財政制度等審議会(財務大臣の諮問機関)の意見書「新たな財政健全化計画等に関する建議」には、「社会保障関係費については、その伸びを、高齢化による増加分と消費税率引上げと併せて行う社会保障の充実等に相当する水準におさめる」と記したものの、数値目標には言及がなかった。

また、自民党内で財政健全化について集中的に議論している財政再建に関する特命委員会で、今夏の骨太方針に向けた意見のとりまとめでも、「骨太方針2015」に盛り込まれた方針を2021年度まで継続するとの提言を出しているが、数値目標には言及しなかった。

社会保障関係費を増やしたい側の解釈

確かに、高齢者人口の増加が鈍化する2019~2021年度には、単年度で5000億円も社会保障関係費を増やさなくても、従来の施策を維持できる。だから、「3年間で1.5兆円」の増加でも、甘く歳出増加を認めてしまうきらいがある。とはいえ、「3年間で1.5兆円」という数値目標は、医療・介護関係者にはトラウマのごとく歳出抑制の象徴とみられ、2019年度以降もこれを認めると、社会保障では歳出増加に数値目標を設けて当たり前という慣例ができることを恐れている。

今般の数値目標をめぐる議論の経緯をたどると、医療・介護関係者やその支持を受けた与党議員は、足らない財源は追加の消費税増税などを賄った上で、増える給付を額面どおり認めて欲しいという要望が見え隠れする。

毎年度数千億円というレベルで社会保障関係費の細かな削減の諾否を突き付けられ、その都度苦しい対応を迫られるのに辟易している。消費税率の10%超への増税が実現し、それが社会保障財源に回れば、兆円単位の給付増が見込めるという算段がある。

他方、財務省は、10%超の消費税率引上げには何の確約もない以上、捕らぬ狸の皮算用で社会保障給付を増やすことには目下応じられず、当面は数千億円単位での社会保障関係費の抑制を1つ1つ積み重ねていくしかないという立場を崩していない。

今般の新たな財政健全化計画で、歳出改革の数値目標が盛り込まれないとしても、その解釈をめぐっては今後も議論が続くだろう。社会保障給付をできるだけ増やしたい側は、「3年間で1.5兆円」という呪縛から逃れられて、年に5000億円以上の社会保障関係費の増加が認められると解釈しているが、財務省は年に5000億円未満に増加を抑えることが許されたと解釈している。その攻防は、今年末の2019年度予算編成まで、決着は持ち越されそうである。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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