移民問題は2100年まで見据えて考えるべきだ テセウスの船と「民族国家」という概念

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世界の中でずっと同じ方向に人口が移動し続けているわけではない。欧州からアメリカ大陸へと向かった人の流れは、欧州の人口増加が減速すると縮小した。現在はアメリカへの移民で大きな割合を占めているのはアジアで、2014年に永住権を取得した人の42.3%がアジアの国からだった。

今後は、現在の労働力の供給源となっている中国や東南アジアでも高齢化が進んでいき、代わってアフリカで、衛生と栄養状態の改善や医療の普及により乳幼児死亡率が急速に低下し、人口が急増すると見られている。アジア各国で見られたように、乳幼児死亡率の低下はいずれ出生率の低下を引き起こすとみられるが、時間的なズレからアフリカ諸国の人口は大きく増加すると予想されている。国連の予測ではアフリカの人口は2015年の約11億人から、2100年には約45億人へと4倍以上に増加するが、アジアの人口は44億人から48億人に増える程度だ。

世界の人口上位10カ国に、1950年にはアフリカの国は一つも入っていなかった。2015年時点ではアジアの国は、中国、インドをはじめとして10位の日本まで6カ国が入っているが、アフリカの国は7位にナイジェリアが入っているだけだ。

しかし2050年には上位10位以内にナイジェリア、コンゴ民主共和国、エチオピアの3カ国が入り、2100年にはタンザニアとウガンダが加わって5カ国となると見られている。現在でもヨーロッパは、中東やアフリカからの大量の難民や不法移民の流入に悩まされているが、今後は人口が急速に増加するアフリカからの大量の人口移動が起こる可能性があるだろう。

グローバル化で「国民」「民族」の概念は揺らぐ

これまで日本は比較的地理的に近い、中国や東南アジア諸国から労働力を受け入れてきたが、これらの国々でも今後急速な高齢化が進むと予想される。中国は2015年の約14億人から、2100年には約10億人へと約4億人もの人口減少が予想されている。タイの人口も6800万人から大きく減少し、ベトナムは現在からはほぼ横ばいだが人口減少に転じていると見られている。インドネシアとフィリピンでは人口増加を続けるものの、人口増加速度の低下に加えて、日本との所得格差が縮小することから、アジア諸国から大量の移民を期待することは難しいだろう。

テセウスの船は時間をかけて少しずつ入れ替わって行き、同一のものなのかという議論を巻き起こした。現在われわれが国として思い浮かべる国民国家は、教科書などによれば「血縁、宗教、言語、伝統などの紐帯(ちゅうたい)によって結ばれた民族共同体を基盤とする国家」と位置づけられている。そもそも民族という考え方自体が虚構だという説もあるが、人のグローバル化が進んでいく中では、共通の基盤をもつ民族国家という考え方は揺らぎ、日本国とか日本国民とは何かなのかという根本的な問題を考えなくてはならなくなるのではないだろうか。

櫨 浩一 学習院大学 特別客員教授

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はじ こういち / Koichi Haji

1955年生まれ。東京大学理学部卒業。同大学院理学系研究科修士課程修了。1981年経済企画庁(現内閣府)入庁、1992年からニッセイ基礎研究所。2012年同社専務理事。2020年4月より学習院大学経済学部特別客員教授。東京工業大学大学院社会理工学研究科連携教授。著書に『貯蓄率ゼロ経済』(日経ビジネス人文庫)、『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』(日本経済新聞出版社、2011年6月)、『日本経済の呪縛―日本を惑わす金融資産という幻想 』(東洋経済新報社、2014年3月)。経済の短期的な動向だけでなく、長期的な構造変化に注目している

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