石巻のサバ缶が「希望の缶詰」になった必然 22万缶を蘇らせた経堂の人情ネットワーク

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シンプルだが薄っぺらではなく、身体を流れる血のようにドクドクとした実感が伴うもの。つまり、地域の人に愛され、誇りにされる職場である。東京に缶詰を送るために、石巻の人々は工場に集まって缶詰を1つずつ掘り起こした。これまでにあげた2つの「理由」。つまり、真面目なものづくりと地域に愛される職場については、本書に明記されていた。

だがさらに私は、本書から3つ目の「理由」を読み取った。それは、経堂の人々の活動のかたちだ。メディアで取り上げられて人々の心が変わっていたら、長続きはしなかっただろう。でもいつも変わらない著者および「さばのゆ」がそこにあったからこそ、人々は集い、各自が純粋な気持ちを保つことができたのだ。それは、新しいマネジメントではないか。

「偉い」という感覚なんて、勘違いだ

著者は、英国のコメディチーム「モンティ・パイソン」に関する著作でも有名な人物だ。本書を書き終えたとき、経堂の酒場で15年ほど前に盛り上がった時のことを思い出したそうだ。こんな話題だったという。

“「モンティ・パイソンのようなコメディの世界では、女王陛下、政治家、財界人も、一般の民衆も、みんな同じ価値の人間で、人に上下はない。だから面白い」 ~本書「おわりに」より”

『蘇るサバ缶 震災と希望と人情商店街』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

著者が営む「さばのゆ」に、私も何度か足を運んだことがある。そこには、著名人の松尾貴史さんや春風亭昇太さんらが、ふらりと顔を出していた。隣あわせた人に名刺を差し出すと社長さんだった、ということも度々あった。でもここでは皆、ただの人である。

店主ですら、全ての人と同じ目線で会話を交わしている。就職⇒定年⇒老後というライフプランは崩れた。モンティ・パイソン風にいうと、「偉い」という感覚なんて、勘違いである。自社の利益を一時的に達成して喜ぶことも、勘違いだ。

「みんな同じ価値の人間」という心の持ち方は、なかなか難しい。今回の活動が成就したのは、そんな奇跡の空気をたたえた「さばのゆ」という酒場に人が集まっていたからだ。オフィスがそんな空気に包まれれば、新しい付加価値が生まれるようになるのかもしれない。

吉村 博光 HONZ

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よしむら ひろみつ

夢はダービー馬の馬主。海外事業部勤務後、13年間オンライン書店e-honの業務を担当。現在は本屋さんに仕掛け販売の提案をする「ほんをうえるプロジェクト」に従事。

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