街の菓子店が「きれいごと」経営で伸びる理由 いい会社は「八方よし」の経営を行っている
「利益追求」だけを求める資本主義の息切れ
近年、資本主義の限界を指摘する本が数多く出版されています。直接的な契機は、2008年のリーマンショックでしょう。投機的なマネーゲームの末に巨大なバブルが崩壊し、以来、世界経済は長期低迷といわれる状態に陥っています。
それまで経済の“長期低迷”といえば日本の専売特許でしたが、いまや先進国がこぞって「日本化」しています。すなわち、デフレと低成長です。政府や中央銀行が財政政策や金融政策を講じても、なかなか効果が表れない。経済成長率も低迷している。格差や貧困の拡大が止まらない。世界経済が頼みの綱としていた新興国まで、ブレーキがかかってしまった。こうした経済情勢は、私には、利益だけを無限に追求する既存の欧米型資本主義の息切れを示しているように思えてなりません。
既存の欧米型資本主義とは、一言でいえば株主利益の最大化を目指すシステムです。株主利益を創出するためであれば、経営の手段は問わない。リストラなどのコストカットは歓迎され、V字回復が成し遂げられれば経営者には莫大なボーナスが支払われます。
たとえ従業員が不幸になっても、社会全体にとって不利益をもたらそうとも、株主利益さえ最大化されていれば問題ない。誰かが犠牲になってもかまわない。極論をいえばそんな意見すら通ってしまいかねないのが、欧米型資本主義とそれにひもづく欧米的経営というシステムでした。
しかし、その旗振り役であったアメリカでも、最近は風向きが変わってきています。事業活動を通して経済性(利益の創出)と社会性(社会課題の解決)を両立するCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)を重視する経営が注目されつつあるのです。
株主利益だけを考え、従業員や社会全体の利益は二の次と考える。誰かの犠牲のうえで、成長を最優先させていく。そんな風潮がこれから、世界的に変わってゆくのかもしれません。
誰も犠牲にしない、関わるすべての人が幸せになるような経営とは何か。そう考えたとき、私は日本企業に大きな可能性を感じています。なぜなら、欧米ではいわば行きすぎた資本主義への「反省」としてCSVが台頭したともいえるのに対し、日本でははるか昔からそうした価値観が企業の中に内在してきたからです。その代表例が、「近江商人」が唱えた“売り手よし、買い手よし、世間よし”の「三方よし」の商売です。
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