街の菓子店が「きれいごと」経営で伸びる理由

いい会社は「八方よし」の経営を行っている

コストではなく付加価値の分配先と考えれば、企業はすべてのステークホルダーと同じ目標を共有することができるようになります。同じ目標を共有できれば、社員も取引先・債権者も株主も、その企業の「ファン」になる。ひとたび共感が生まれファンになれば、顧客は適正な価格で商品を購入し、株主も株価だけで売り買いを判断せず、長期でおカネを入れてくれます。

そんな「きれいごと」で経営が成り立つのか、と思われる方もいるかもしれません。もちろん、簡単なことではないでしょう。しかし、私たち鎌倉投信では、投資先の企業を中心に「八方よし」を実現するうそのような本当の企業をこれまで何十社も見てきました。ここでは、そのなかからひとつだけ印象に残っているエピソードをご紹介したいと思います。

菓匠Shimizuが全国から支持を受ける理由

長野県伊那市で「菓匠Shimizu」というケーキ屋さんを経営している清水慎一さんのお話です。あるとき、不幸にも「菓匠Shimizu」の近隣地区で、家族内の傷害事件が起きました。ショックを受けた清水さんは、朝礼でこう話したそうです。「この事件はわれわれの責任だ」と。

なぜ、警察でも自治体でもない、よくある街のケーキ屋さんが傷害事件の責任を感じたのか? それは、菓匠Shimizuの経営理念が「お菓子を通じて、夢を届けること」にあったからです。清水さんは、経営者として真剣にこの理念に向き合っていた。だから、「もしその日、その家にうちのケーキがあったなら、傷害事件は発生しなかったはずだ」と考え、責任を感じていたのでした。その事件をきっかけに始められたのが「夢ケーキ」と題した取り組みです。1年に1度8月8日の「夢ケーキの日」に、子供たちが描いてきた夢の絵を再現したケーキをつくって、プレゼントします。

「夢ケーキの日」に、ケーキを受け取る家族のうれしそうな顔を見たら、従業員はきっと誇らしい気持ちでいっぱいでしょう。このケーキ屋さんで働いてよかった、と。私だってそう思います。

「夢ケーキ」の試みはまたたく間に共感を呼んで、ケーキの売れゆきは伸びる一方。わざわざ伊那市に菓匠Shimizuのケーキを買いにくる人も少なくありません。現在ではNPOも創設され、週1回年50回ほど「出張夢ケーキ」という形でさまざまな施設へ出向くなど、全国規模の活動になっています。

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「菓匠Shimizu」は、社員からも顧客からも愛され地域の価値も高める、まさに「八方よし」の見本のような企業です。でも清水さんは、ケーキを売りたいから「夢ケーキ」をつくったのではありません。悲惨な事件に心を痛め、それを他人ごとにしないで、何ができるかを考えた。「先義後利」とは、こういうことをいうのだと思います。義が先にあり、そこに共感する人が集まって、全国からケーキを買いに来るわけです。社員からも地域からも愛される企業として、これからも「菓匠Shimizu」は成長を続けていくでしょう。

私がCSVといわずに、「八方よし」という言葉を使うのは、わざわざ欧米の思想を借りずとも、「菓匠Shimizu」が示すように、日本には信頼や共感にもとづいた経営が脈々と受け継がれているからです。

やみくもに昔を懐かしむのでもなく、欧米的経営を盲信するのでもなく、かつて失ったものを取り戻し、 それを時代の要請に合うようにアップデートすればいいのです。これまで欧米が主導してきた今の資本主義を、次の形である「八方よし」に向けて主導するのは日本だと、全国の「いい会社」を訪ね歩いた経験から私は確信しています。

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