「ドラクエXI」徹底的にやりこみわかった真実

「過ぎ去りし時を求めて」に見た微妙な違和感

ここからストーリーは中盤に入り、新しい仲間とともに、散り散りになったかつての仲間を探す旅が始まる。前半は王道ながらも、素直に進みすぎると感じるストーリーであるが、しっかりとどんでん返しがあり、中盤は破滅を迎えた世界で、仲間たちの抱える問題や、また世界を救うという覚悟に触れながら進んでいくことになる。

一方で、仲間であったベロニカは死んでしまい、もう戻ってこないという現実を知らされるのであった。

僕はこの中盤のストーリーが大好きである。これまでどこか、大切な仲間という記号性はありながらも、どこかあっさりしていた感のある仲間たち、その一人ひとりスポットライトを当てられて、血肉を与えられたかけがえのない存在になっていく。世界が崩壊してからのストーリー展開となるため、仲間たちの強い意志と絆が語られ、思い入れも強くなっていく。

こうしたキャラクター一人ひとりへの濃密なストーリーは、やはり物語を丁寧にたどっていくストーリーRPGならではと言えるだろう。

そしてやがて勇者のつるぎを打ち直し、ウルノーガを倒すことができれば、命の大樹も復活し、世界は多くのものを失ったが、生き残った人たちがこれから復興を目指していくということで、エンディングロールが流れて、一見ゲームはクリアしたかのように見える。

ウルノーガを打ち倒した時点でのドラクエXIは率直に賞賛できる面白いRPGであった。

主人公たちの成長と崩壊した世界の復興のストーリーは飽きることがなかったし、レベルアップと敵の強さのバランスも適切なために、ゲームに詰まることなく集中してサクサク進めることができた。

どうしたって過去に戻る選択をするしかない

ただし、ドラクエXIはまだここでは終わっていない。

その後、少しイベントがあって、プレイヤーには「過去に遡る選択」が与えられる。過去に戻り、やり直すことでベロニカを失わず、かつ世界が一時的にでも崩壊せずに、多くの人が死ななかった世界に戻すことができるのである。

とはいえ、命の大樹が崩壊する前の世界に戻るということは、それ以降の主人公と仲間たちの絆を一度失うことを意味する。崩壊した世界で必死に戦ってきた仲間たちの苦労や決意を無にする必要はあるだろうか?

プレイヤーである僕自身としては、過去に戻る気にはまったくならなかった。なぜなら崩壊から復興に向かうストーリーが大好きだったからだ。

確かに、多くの人が死んだということは痛ましい。多くの死というのはRPGの戦いではいくらでも起こりうることである。ベロニカの死についても、妹であるセーニャはすでに乗り越えている。僕には現状のロトゼタシアの世界が、過去に遡るという大技を駆使する必要があるほどに絶望的な状況であるとは、とても感じられなかった。

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