映画「チャーチル」が現代に与える示唆の数々 東洋経済オンライン読者限定試写会を開催
『エクソシスト』(1973年)や『ゴッドファーザー』(1972年)などで知られる特殊メーク界の巨星ディック・スミスに師事した辻は、兄弟子のリック・ベイカーらとともにキャリアを重ね、『マッド・ファット・ワイフ』(2007年)など、アカデミー賞に2度もノミネートされている。そのスタイルはまさに、特殊メークを芸術の域に高めた偉人たちの系譜に連なるものであった。
2012年に映画業界を引退し、現代美術の道に進んでいた辻だったが、そんな彼にラブコールを送ったのはほかならぬオールドマンだった。「あなたが引き受けてくれたら、わたしはこの映画に出る」という彼の口説き文句に逆らうこともできず、辻は再び映画の特殊メークを担当することを決意したという。
とはいえ、顔の形、目などのパーツの配置など、チャーチルとは正反対であるオールドマンの顔をいかにしてチャーチルに似せるか。その特殊メークの開発と試作には6カ月という歳月がかけられた。撮影本番時も、ヘアメークに3時間半、衣装を着るのに30分。オールドマンは朝3時にスタジオに入り、撮影クルーが来る7時ギリギリまで準備に費やす日々だったという。
「政界一の嫌われ者」から「頼れるリーダー」に変貌
言うまでもなく、辻が作り上げたチャーチルの姿は、恐るべき完成度である。この映画ではほぼ全編、チャーチルの姿が映し出されているが、意識しなければそれが特殊メークであると気づくのは難しい。当然ながら、オールドマンを別人に仕立て上げた辻の仕事ぶりは高く評価され、本年度アカデミー賞のメークアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされている。“3度目の正直の受賞”、が期待されている。
脚本は、『博士と彼女のセオリー』(2014年)で知られるアンソニー・マクカーテン。彼は本作の脚本について「仕事のあり方や、リーダーシップとしての質、そして思考回路を考察する中で形を作っていった。チャーチルは言葉の力を強く信じていた。彼はペンを取り、脅威に直面した国を助けたのです」と解説する。
チャーチルが戦後に発表し、ノーベル文学賞を獲得した自著、『第二次世界大戦』(河出文庫)の中で、アメリカのフランクリン・ルーズベルトから第2次世界大戦をどう呼ぶべきかと尋ねられ、「無益の戦争である」と即答したというエピソードがある。彼は「世界に残されていたものを破壊しつくしたこんどの戦争ほど、防止することが容易だった戦争はかつてなかった」と語っている。
「政界一の嫌われ者」だったチャーチルが、「頼れるリーダー」へと変貌し、決断を下すまでに至ったのか。この映画にはその過程が熱く語られており、現代に生きるわれわれにも多くの示唆を与えてくれる。
(文中一部敬称略)
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