中国戦略を急転換 ホンダの深謀遠慮
「中国政府の圧力に屈したのではない」
昨年、日本を抜き世界第2位の自動車市場に躍り出た中国。その階層的な市場は独特だ。ピラミッドの上から下へ1級、2級、3級市場と分かれる。1級市場はリッチな沿海部で、トヨタ自動車やホンダ、独フォルクスワーゲン、米GM(ゼネラル・モーターズ)など外資ブランド車(外資と国有企業の合弁)の独壇場。いわば世界の先進国市場と同じだ。
2級市場は、1級には手が出ない層が買う車。こちらはトヨタやGMなどのコピーからスタートした奇瑞汽車や吉利汽車など中国民族系メーカーの独壇場だ。3級市場は内陸部や農村地域のことで、6万元(約90万円)以下の激安ピックアップトラックなどを中心とし、有象無象の中国地方メーカーがひしめく。
中国の政府や世論が不満なのは、1級市場(=先進国の技術水準)で戦える中国メーカーが1社も育たないことだ。中国政府は90年代から中国に参入する外資メーカーに国有企業との合弁事業化を強制した(外資は出資上限50%)。その狙いは外資から国有企業への技術移転だ。しかし、国有企業は車両開発から生産まで外資に全面依存したまま安住。一方で外資は技術移転を渋った。
昨年3月、中国政府は具体的な外資への圧力に動いた。通達で外資合弁に中国専用の商標(ブランド名)や自主開発車を義務づけることをにおわせたのだ。もしこれが実現すると、外資は合弁企業を通じて本格的な車両開発を行わなければならず、技術移転が確実に加速する。
結局、水面下の折衝で外資の反対意見が通り、昨年末の通達細則でこの義務化は見送られることになった。外資が安堵の胸をなで下ろしたのは想像に難くない。
それなのに、だ。ホンダは今回、それを自らやると手を挙げたのだ。ホンダの福井威夫社長は「中国政府の圧力に屈したのではない」と前置きしつつ、「今回の決定は広州本田側にすごくニーズがある。ホンダが意思を持ってやるわけではない。サポートするだけだ」と語る。もちろん、広州本田は独自ブランド車と並行して従来どおりホンダブランド車も展開する(上の図)。
会見では、福井社長は「広州本田の独自ブランド車はホンダとしては品質保証せず、ホンダブランドではカバーできない低コスト領域(=2級市場)が想定される」と語った。だが、広州本田の式典では、兵後篤芳ホンダ専務(中国本部長)などが「必ずしも低価格車ではない」とこれを否定。そのため、1級と2級の中間を狙うのではとの観測が出ている。
ホンダの決定に対し、トヨタの浦西徳一副社長(中国担当)は首をかしげる。「一つの考え方として理解できるが、トヨタはすでに合弁先の一汽夏利の独自ブランド車として『プラッツ』『ヴィッツ』(旧型モデル)を展開済みだ」。
だが、こうした考え方は広州本田の研究開発センター設置で否定される可能性が高くなっている。
研究開発センターの設置は、94年の中国自動車産業政策や国有企業との合弁契約の中で外資に義務づけられてきたこと。だが、「実際はせいぜいグローバル車種を現地仕様に改造する『改良センター』か『技能研修センター』くらいでお茶を濁してきた」(現代文化研究所の呉保寧氏)。トヨタが旧型のプラッツ、ヴィッツの外観を少し変えて一汽夏利の独自ブランド車としたのはまさに改良センターレベルの話だ。
しかし、ホンダが300億円ものカネをかけ、広州本田に本腰を入れて技術移転するとなると話は変わってくる。産業政策や合弁契約でうたわれた研究開発センターとは、広州本田のような本格的なものを指し、改良センターレベルは該当しないと定義が変わるからだ。
となれば、「ホンダができて、なぜ他社はできないのか」と、外資へ本格的な研究開発センターを設置するよう中国政府の圧力がかかるのは必至である。トヨタの浦西副社長も「(中国政府から圧力があったら)よく考えてみる」と神妙な顔だ。
実はホンダの合弁相手である広州汽車は中国の自動車メーカーの中では後発で、技術移転を吸収できるだけの器があるかはやや疑問だ。その点、もともと製造ノウハウを持つ上海汽車や第一汽車、長安汽車へは技術移転がスムーズに進むとみられる。その合弁相手であるフォルクスワーゲンやGM、トヨタ、フォード・マツダなどにより大きな圧力がかかると見てよいだろう。
中国政府の究極の目標は、グローバル市場(=1級市場)で戦える中国メーカーを3~5社育成することだ。それがかなえば外資の50%出資規制(合弁強制)が解除され、中国も自由市場に近づくだろう。だが、それは世界の自動車メーカーにとって、グローバル市場での中国メーカー台頭という両刃の剣でもある。
ホンダには、政府にいったん“恩を売る”ことで、今後の中国戦略を優勢に進めたいとの狙いもあるだろう。仮に将来、実力をつけた広州本田を切り離すような事態になったとしても、50%の出資に対するリターンを得られるというそろばん勘定が働いたのかもしれない。ホンダの中国企業への技術移転ははたして、吉と出るか凶と出るか。
(書き手:野村明弘 撮影:尾形文繁)
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