「俺は基本的に何も覚えてられないからさ。たぶん次会った時、お兄ちゃんのこと全く忘れてると思うけど許してな。で、俺は何もいらねえよ。もし持ってきてくれるなら猫のエサ買ってきてくれねえか? カリカリのヤツでいいからさ」
とクシャクシャの笑顔で言った。
数日後に猫のエサを持っていったけど、言葉どおりすっかり僕のことは忘れていた。トラはその日も箱の上でグーグーと眠っていた。
猫を飼っている人が多い多摩川の河川敷
同じく2015年、多摩川の河川敷を歩く。
河川敷は野宿生活を営む人が多い。土地に余裕があるため、比較的大きな小屋を建てる人もいる。小屋に余裕があるので、猫を飼っている人も多い。
とある小屋に近づくと、ふっと猫の臭いがした。見ると、皿に餌が置いてあり大柄の白猫2匹がパクパクと食べている。
しばらく眺めていると、小屋の中から家主の男性が出てきた。不審そうな顔でこちらを見ている。
「猫、かわいいですね!!」
というと、途端にニコッと笑みがこぼれた。
「猫飼ってんだよ。今は12匹。お散歩中で、今は2匹しかいないけど」
12匹とはなかなかの数である。むしろ河川敷でなければ飼えない匹数だ。
「最初は1匹飼っただけだったんだよ。小屋に居着いちゃったから、まあいいかってエサあげてたんだけど。そしたらその子がメスで、妊娠しちゃって子供産んじゃった」
そして、その子供も孫を産んでしまって、ねずみ算式に増えてしまったという。
「猫だってマンションで閉じ込められて飼われるよりは、こうやって自然の中で暮らしてるほうが幸せだろう。みんな飛んだり跳ねたりしてるよ。ただ12匹もいると、名前つけるのが大変だね。そこにいるのは、“くまごろう”と“やたら”だよ」
やたら、とは面白い名前だ。やたらとエサを食うから、やたらとつけたらしい。たしかに、さっきからやたらにエサを食べている。
「しっかし家計は火の車だよ。みんなバクバクエサ食うからさ。毎月4万~5万円くらい、エサ代に使ってる。まあ他に使うものもないからいいんだけどさ」
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